見出し画像

マット・ブラッシュ急失速に対する4つの仮説

マット・ブラッシュの怒涛の1か月


2022年シーズンの最初の1か月で最も激しい浮き沈みを経験した投手はマリナーズのマット・ブラッシュかもしれない。ブラッシュは昨シーズンから変化量の多いスライダーとカーブを操る投手として一部のファンの間で有名になった。そんな彼が全国区の注目を浴びたのは今年のスプリングトレーニングだ。9.1イニングを1失点に抑えた一方12三振を記録した。
 
スプリングトレーニング当初は開幕をマイナーで迎えることが有力視されていたブラッシュだが、この活躍を受けて首脳陣は方針を転換。晴れて開幕ロスター入りを果たし、4月12日のホワイトソックス戦でMLBデビューを飾った。デビュー戦では負け投手になったものの5.1回で6三振を奪うなど上々のピッチングを見せた。
 
続く17日のアストロズ戦では初勝利を記録するなど、順調にMLBに定着しつつあるように見えた。しかしその後の29日のマーリンズ戦で2回6失点と打ち込まれ、5月4日のアストロズ戦でも復調の兆しがなくマイナーに降格となった。
 
そこで今回の投稿では、開幕直後にはマリナーズ投手陣の救世主に見えたブラッシュが急失速した理由についてブラッシュと似たタイプの投手であるマイケル・コペック(CWS)との比較も交えて4つの仮説を提示したい。
 

仮説1:幸運は続かない(運の揺り戻し)


もしかしたら1つ目の仮説を見てなんだ、運かとがっかりした読者もいるかもしれない。しかし運は重要な要素の1つである。そしてブラッシュは特に2戦目のアストロズ戦で運に助けられた。この試合ブラッシュは初回の三振ゲッツー含めて4回まで毎イニングで、ダブルプレーを記録した。初回を除いた3つのダブルプレーではいずれもボールが野手の正面に飛んでいた。もちろん守備シフトの正確さなどもあるだろうが、やはり運があったのは事実だろう。
 
逆にこの運に対して揺り戻しがあったのがマーリンズ戦だ。ブラッシュはジェイコブ・ストーリングスにタイムリーを打たれたが、明らかに打ち取った打球だった(打球速度はたったの67.4マイルだった!)。にも関わらず3塁手のエウヘニオ・スアレスの守備範囲外だったために、失点を喫した。仮にこのプレーでダブルプレーをとれていたら、おそらくこの回だけで6失点というのはなかったのではないだろうか。このように僅かな運の違いがブラッシュの成績に与えた影響も少なくないはずだ。
 
ここからはブラッシュと同じく90マイル代後半の4シームを投げてスライダーとカーブをメインの変化球として使用しているコペックとの比較をしていきたい。コペックもブラッシュと同様にマイナー時代から注目を集めた存在で、昨年ブレイクを果たした。今季もここまで防御率1.17と絶好調だ。同じようなレパートリーで、同じような球速の2人でどうして成績に差が出るのか考えた結果導かれた仮説は以下の3つだ。
 

仮説2:球威を誤魔化せないレベルのコマンド


まず初めの仮説はコマンドについて。コペックも制球力という点ではMLB平均以下でBB%は下位21%に過ぎない。しかしそのコペックと比較してもブラッシュのコマンドは悪く、BB%はMLBで下位2%と最悪クラスの数字だ。
 
初球ストライク率は63.2%とMLB平均を2.5ポイント上回っているものの、フルカウントの場面では15球のうち実に9球がボールになっている(つまり四球になっている)。この割合は実に60%であり、リーグ平均が23.3%であることを踏まえるといかに異常な数値であるかが分かる(ちなみにコペックはフルカウントで37球を投じており、ボールになったのは8球だった)。
 
このようにストライクが欲しい場面でストライクを取る能力が低かったのもブラッシュの投球に影響しているのではないだろうか。
 

仮説3:球速とは裏腹に打たれる4シーム


先ほども書いたようにブラッシュとコペックのレパートリーは似ている。その中でも4シームの球速に関しては、ブラッシュが95.9マイルでコペックが95.2マイルと2人ともMLBでも上位に入る。しかし被打率を見ると、コペックが.145である一方でブラッシュは.355とひどく打ち込まれている。
 
この差が生まれた背景には両者の4シームの回転数の違いがある。コペックは2502回転とMLBでも上位4%に入るスピン量の多い4シームを投げている。一方でブラッシュは2219回転でMLB平均をわずかに下回る。Active Spin%を見てもコペックが96%でブラッシュは92%となっている。
 
これらの数値を用いてActive Spinを計算すると、コペックが2502×0.96=2402回転になる一方ブラッシュは2219×0.92=2041回転となっている。一般的にActive Spinが高い方がいわゆるノビのある4シームであり、この点でブラッシュはコペックに大きく劣っている。
 
もちろんActive Spinが低くてもいわゆる真っスラに近い優れた4シームは存在する。しかしブラッシュの場合回転数はMLB平均を僅かに下回る程度で著しく回転数が低いわけでもなく、どっちつかずの4シームになっている。このような理由からブラッシュの4シームは打者の格好の餌食になっているのだろう。
 

仮説4:変化量とは裏腹に打たれるスライダーとカーブ


ブラッシュが4シームに次いで多投しているのがスライダーだ。このスライダーはSNSでも話題であり、曲がりすぎるスライダーとして有名だ。しかしこのスライダーはRun Valueが+6(Run Valueは投手側から見ればプラスにならない方が望ましい)と彼のレパートリーで最も悪い数字になっている。カーブも同様に+1とマイナスを出している。


ブラッシュの各球種の変化量


 
だがこの変化量がゆえにブラッシュのスライダーは打たれているのかもしれない。そう思ったのは17日と5月4日に唯一ブラッシュと2回対戦したアストロズ打線のアプローチを見てからである。17日の対戦では合計39球あったスライダーとカーブに対して11回スイングをした一方で、4日の対戦では43球に対して12回スイングをした。これだけだとほぼ変化がないように思えるが、4日の12回のスイングのうち5回はチャズ・マコミックによるものであった。
 
スイングの回数ではなく、スイングをした打者の人数で見ると7人から5人に下がっている。特にホセ・アルテューベは17日には3回スイングしたが、4日は1度もスイングしなかった。ダラダラと書いてしまったが、思うのはブラッシュの変化球は変化量が多すぎて打者に見切られているのではないだろうか。
 
ブラッシュのスライダーは変化量の多さもさることながら、4シームとの球速差が11.5マイルと大きいことも打者に見切られることに拍車をかけているように見える。コペックもブラッシュと同様に球速差が11.9マイルと大きいものの、コペックのスライダーはブラッシュに比べて変化量が小さい。

コペックの各球種の変化量


 
このように球速差が大きい+変化量が多いことで、ブラッシュのスライダーは打者に見切られて思ったように空振りを奪えていないのかもしれない。
 



まとめ


今回はマット・ブラッシュの急失速について仮説を提示した。しかしいずれの仮説も解決可能であり、それが解決されればブラッシュはローテ上位の先発になる可能性が大いにあるだろう。長期的にどんな投手に成長するかが楽しみである。

Photo BY Mando Gomez