サブカル大蔵経237広瀬光治『羊の気持ち』(星雲社)
はじめに
初めてかぎ針を手にした日から、もう30年になろうとしています。
振り返ってみると、平凡に送るはずだった私の人生が、編み物と出会って大きく変わりました。編み物たちが私に貴重な体験をたくさんプレゼントしてくれた、そんな気がします。
まず目次の字体にびっくりしました。広瀬先生を具現化した装丁でもあります。
表紙の次は素敵なカラーグラビアでした。犬との触れ合いが妙にエロチックな感じがしました。
本書は、ご自身の数奇な半生を語りつつ「編み物」の根本が説かれていきます。願いと喜びと啓蒙の詰まった一冊でした。
ある雑誌で、「広瀬先生は全国の生徒さんに守られ、お姫様のようにしている」と書かれましたが、とんでもない。本当は売れない演歌歌手のような日々なのです。p.9
王子でなく、姫認定!なぜ編み物をすすめていくのか、そのためなら広告塔も辞さない覚悟。
高校を卒業後、水産会社に就職してからは、船員さんの中には、長い航海の時間に編んでいる人も多いよという話も聞きました。考えてみれば、編み物って本当は男性のほうが向いているのでは、と感じることがたくさんあります。p.29
世の中の男性たち、いっしょに針を持って編み物をしてみませんか?p.30
男という性と編み物という行為はなぜ分断されているのか。その常識が問われていく。編み物という技術は、経典を編む、編集、と実は根源的に通じた行為かもしれません。橋本治も編み物本出してましたね。
〈編み物は時代に逆行している〉〈手作りは昔の人のノスタルジー〉という人もいます。p.32
買えばいい、という意見に対して。現代は果たして服というものがどう扱われているのか。ファストファッションに依存する中で、何が尊ばれ、何が失われたのかも問われていく。
中学生の頃は、ちょっとしたレース編みのコースターや手袋くらいは編んでいたようです。久しぶりに参加した同窓会で、広瀬に編んでもらったという彼が出てきてびっくりしました。p.45
〈彼〉という言葉の選択がたまらない。
既製品で済ます選択肢もあったけれど、《他人と違うものを着たい→母は編めない→彼女もいない→自分で作る》という公式は、とても自然に生まれてしまいました。p.46
他人と違うものを着たい、だから編む。これ、すべてのもの作りに言えるかも。それが文字通り「編む」世界だっただけで。何も当人は奇抜なことをしているつもりはなかったのかも。
担任の先生は「俺のも編んでくれ」と言うし、近所のおばちゃんたちには「光治ちゃんは天才」と評され、彼女のいない男の子たちにミトンを編んであげたり、p.50
同級生も担任の先生も近所のおばちゃんもみんなすてきだなぁ。
講習会でも受講される方はすべて女性でしたから、少しでも参考になるようにと、女性もののニットを着ていました。p.58
この感性がすごい。性別よりも、編み物・服・生徒が上位。菩薩感覚。
福井県の講習では、高齢のおばあちゃんが「あなたに会えたからこれでいつ死んでもいい」とおっしゃっていました。p.64
まごうかたなき仏様ですよ。
私はお酒が好きです。いつの間にか一升を空けることもあります。実は昨年肝臓を壊して20日間の入院をしていました。p.67
少し闇を感じますが…。身体に気をつけて…。
磯野 えーっと、そのなんて言うんですか。ひょっとして女性に興味が……。p.89
本書のゲスト、磯野貴理子さん。やり取りが才女だなぁと思いました。
出産をしたことがないので産みの苦しみはわからないのですが作品の提案は大変です。p.114
女性目線に立てる菩薩感性。
泥棒さんにとって私のニットは何の価値もないものだとわかりました。p.163
空き巣に入られて…。この悲哀。
糸をくれた羊さんの気持ちを無駄にしないためにもp.128
そんな人間たちを包み込みながら、「みんな優しくなってね」羊はそんなこと思ってるような気がするのです。p.173
技術よりも、素材に目を配り擬人化していく。この感性人にとどめを刺されました。
今こそ広瀬先生テレビにもまたカンバックしてほしいです。