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サブカル大蔵経2 ゴロヴニン著/井上満訳『日本幽囚記』(上中下巻 岩波文庫)

『日本幽囚記』(上中下巻 岩波文庫)を今日読了しました。ペリー来航以前の日本とロシアの出会い系物語でした。手堅い報告書を装いつつ、決死のサバイバル逃避行、仲間の裏切りやドラマチックな再会シーンもあり、欧州で子供たちも読んだベストセラーになったというのも首肯します。また、異国側として登場する日本側の役者も、松前奉行荒尾但馬守や高田屋嘉兵衛などは、今の日本人にこういう胆力のある人いるのか⁈と隔世の感を覚えました。ゴロヴニンやリコルド艦長の理知的な対応と当時の日本人とのやり取りを見ていると、アメリカよりもロシアと組んだ方が良かったんじゃないかなぁと思ったりもしました。

好きなやり取りを部分を紹介します。

「日本人は我々ロシア人が東洋の文字を珍重するようにロシアの文字を珍重がるのである。この道中われわれは日本人のために数100本の扇子と紙に物を書いてやった。なお特筆すべき点は、彼らが決して我々にものを書けと強要しないで、いつも最も丁重に依頼し、書き終わると、その紙片を額にに当て、必ず頭を下げて感謝し、お礼に何かご馳走したり、上等の莨をくれたりしたことである。」(上巻p.180)

「手の縄を解いてからも、日本側では我々が煙管を使って自殺するのを恐れて、自分の手に煙管を持って、我々に莨を喫ませていた。しかしそれも飽きてくると、会議を開いて煙管を渡すことにしたが、用心のために煙管の吸い口のところに鶏卵大の木片を作ることになった。そこで我々が笑いながら、この木のボールを使うと、只の煙管より自殺しやすいのだと身振りをしてみせると、日本人たちも笑って、日本の法律は拘束中のものに自殺せしめないように、能う限りの警戒を要求するものです、と伝えた。」(上巻p.180)

 中巻では、逃避行の後捕縛された時のやり取りは、200年後のカルロス・ゴーンさんの主張を先取りした感じでした。

「われわれはこれ以外の方法では決して帰国できようとは思わなかった。」p.56
「もしその方どもが日本人で、看視の目をかすめて脱走いたしたのであれば、その結果は極めて悪いであろう。しかしその方どもは異国人で、日本の法律を知らぬ者であるし、且つは日本側に対して何らの害意なく脱走いたしたのである。その方どもの目的はひたすら祖国に帰るというのであった。誰しも自分の祖国は世界中の何よりも愛すべきものである。従って余はその方どもに対する好意を変えようとは思わない。但しその方どもの行動をわが政府が何ととるか、それは保証の限りではない。もっとも余は従来通りその方どものためを計り、帰国願いを聞き届けて頂くように努力するであろう。差し当たり国法に従い、本件の落着致すまで水兵たちは入牢申し附け、その方ども二人は揚屋(インヴェラリ)と申す所に入れ置くことに致す」p.59
「日本側に対して正当であると思うか、悪かったかと思うか」
「日本人自身がわれわれをしてこの手段を取らしめたのである」p.66
私はすぐに(奉行はこちらに悪かったと言わせたいのだ)と悟ったので、「もしわれわれが神の前に出るなり、或いは同等の立場で、日本側と正邪を争うのであれば、自分の行動を弁明するため言うべきことは沢山ある。しかし当地では日本人は何百万人もおり、われわれは僅か六人で、しかも日本側の手中に落ちているのであるから、日本側において勝手にわれわれの正邪を判断してくれたがよかろう。ただ自分としては、他の同僚は自分の命令によって脱走したのであるから、自分一人を罪人として認めて貰いたい」p.67
「日本側では少し待遇を改善し、日本で蕎麦(トウフア)と称する素麺の一種を出すようになった。中略 日本側はわれわれの服はロシア式に縫ってもくれたし、頼みもせぬのに椅子も作ってくれた」p.80.108

そして、総括となる下巻に記載された、日本の宗教と民衆の関係も興味深く。

「日本では宗教の事柄について公然と自由に批判して構わないのですか?」それに対して貞祐は言った。「法律はこれを禁止しておりませんが宗教の形の箴言を反駁したり嘲笑したりするものがあると宗教家達が憤慨するのです。しかも自説を立て自分の戒律を作って宗教家たちの説く教えから信徒を迷わす者があると宗教家はこれを告訴することができるのです。p.49

 また、グローバル化本当にいいのかどうか、200年前に問われていました。

「仮に日本と支那が西洋諸国と国交を開き交際するようになり、さらに西洋の制度を真似るようになったら、人間同士の戦争はいっそう頻繁に起こり、人間の血は一段と沢山流されるのではありますまいか」「そうです。それはそうなるかもしれません」とわれわれは答えた。「もしそうだとすれば」と日本人たちは続けた。「さっき、2時間ほど前に色々とヨーロッパと交際したら良いとご説明いただきましたが、やっぱり日本としては西洋と交際するよりも、古来の立場を守った方が、各国民の不幸を少なくする意味で帰って良いのではありますまいか」
「私としては、こんな風に遠回しで持ってきた思いもかけない反駁を受けると、正直なところ、言うところを知らなかったのである。p.91

 ゴロヴニン曰く、日本人は米と茶と煙草が大好きで肉や魚より野菜を食べると記していますが、

「われわれは何度もキャベツと言うのはどういう植物かを説明し、絵にも描いてみせたが、日本人たちはいつも「日本ではそんな植物は見たことがありません」と答えるのであった。」p.141

そして、現在のウィルス問題も200年前に心配されていました。

「日本国はすでに約200年というもの1度も隣国と戦争したこともなく、時たま起こった重要ならざる反乱を除けば、大きな内乱もなかった。のみならず日本人は疫病やペストの何たるかも知らず、また天然痘と性病を除くと日本には激烈な病気のないことも合わせて考えねばならない。」p.162

最後、友・高田屋嘉兵衛と惜別の別れをしたリコルド艦長の叫びです。

「ヨーロッパの文明人諸君!諸君は日本人を狡猾で、凶悪で、復讐心が強く、甘美な友情などは縁もゆかりもないものだと考えていたが、そうじゃないのだ!」p.293

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永江雅邦
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