サブカル大蔵経587田中雄一『ノモンハン責任なき戦い』(講談社現代新書)
私の祖父は旭川の第7師団からノモンハンに従軍していました。死んでいたら、父も、そして、私も生まれていなかった。
安彦良和『虹色のトロツキー』で描かれた満洲の世界。あそこは果たして何だったのだろうか。民族の共和国、日本の植民地、北海道の先輩、エリートの独立国、もうわからない幻なのか。
その満洲で開戦したノモンハン事変の謎。
司馬遼太郎「日本人であることが嫌になった」村上春樹「表面を一皮むけばそこにはやはり以前と同じような密閉された国家組織の力なりが脈々と息づいているのではあるまいかそのような恐怖」p.21
ノモンハンと現代は地続きなのだ。
その指揮は誰が責任を持っていたのか。『虹色』に出ていた石原莞爾、甘粕正彦、辻政信の顔が浮かぶ。テレビ番組のディレクターが取材して活字化した本書。
今回入手したノモンハン事件関係者の膨大な音声記録の読解を進めていく中で、ひとつだけどうしても気になることがあった。参謀本部の将校からも関東軍の参謀たちからも、悔恨や反省の思いが聞こえてくることはなかった。もちろん語られている内容は決して偽りでは無い。それぞれの立場から、それぞれの見聞きしたこと、それぞれの主張を率直に展開している。しかしながら、それらの言葉の多くはどこか他人事で、心の痛みや、後悔の念を含んだ言葉としては響いてこなかった。むしろ自己弁護に終始し、互いの非をあげつらうものがほとんどだった。p.206
生き返ると、他人事になる。
参謀本部作戦課長、稲田正純大佐の回想
「ああいう、くだらん戦争ですからね。私、ノモンハンの会に、今、ノモンハンの会っちゅうのやってますが、第1回だけ行きましたがね。第2回から、行く勇気がないんです。行って、遺族を囲むんです。それで、体のいいことを言って、あの戦争は、いかに役に立ったかと言うようなことばかり言うんですよ。そういう、見え透いた嘘は言えないんです。私が本当のことを言うたら、遺族に対して、可哀想なんです。私は、7月にやることを9月までに延ばして、下手くそに兵隊を殺しましたね。それで、日本を敗戦させましたね。実に、すまんことをしたと思ってるんですよ。」
何かずれている。その原因は。
陸軍全体の作戦を統括し、関東軍を制御できる立場にあった稲田は、ノモンハンの戦いを「くだらん戦争」とまで言い切っていた。明確な決断を下さず、2万人近い将兵を犠牲にした自らの責任については、「すまんことをした」の一言で終わらせていた。p.206
ノモンハン的なものは、日本人らしさなのか、関東軍的なのか、そのルーツはどこなのか。
自決に追い込まれた井置栄一中佐の手紙「然し今となっては長生きして戦争の実際を世間に伝える必要がある。然らざれは失った多くの部下が成仏できないだろう。新聞などは皆ウソだ。/世間に対しては一サイ語るな」この手紙が家族に宛てた最後のものになった。p.213
なぜ真実が語られないのか。
スターリンがところどころ鉛筆で下線を入れている。読みながら感情が高ぶったのか「この馬鹿野郎ども!」などの書き込みも随所に見受けられた。/ソ連の指導部は日本が満州国を足がかりに、ソ連侵攻の機会をうかがってと明確に意識していた。p.29
ソ連を苛立たせた日本。
石川の辻の生家は炭焼きを営みながら、浄土真宗の仏教道場も兼ねていた。/父の亀吉は毎日未明からお経をあげるため、子供たちは自然に経を記憶するようになった。p.86・88
辻政信『潜行三千里』の補完。
現地防衛の任にあたる第二十三師団を主力に、精鋭の星の第七師団から歩兵部隊を増派。p.104
第7師団は増兵されたものだった。
ハイラルからノモンハンまで約200キロ。島根県浜田・柳楽林市氏「1日中歩いてばかりおりますからもう大変です。気温が40度は超えるような暑さでして。喉が渇く。ところが現地には水と言うものがなかったです。」p.106
祖父はラクダの小便を呑んだこと、チチハル、ハイラルという地名のことくらいしか話してくれませんでした。
遺体の回収もままならない中で、兵士たちは遺品にするため死んだ戦友たちの指を切って歩いた。p.115
遺体続出。
ウォッカを持ってきたんですよね。飲まないと、ちょっと待っててねと、女の軍人を連れてきたんですよ。いいお酌連れてきたからこれなら飲まんことないだろと。/ロシアは一遍打ち解けたらとてもいい人種ですよ。ロシア人っちゅうのは。飲み始めたら飲み友達なんです(稲田正純大佐)p.157
相変わらずのんきな幹部。
幹部がソ連の接待を受ける一方で、外では兵士たちが猛烈な暑さの中で、戦場に放棄された遺体の回収の作業に追われていた。/作業は1週間続き、遺体は回収されただけでも4386体。石油をかけて燃やしたんですよ。1週間ぐらいはノモンハンの空は暗くなったですけどね。昼間が暗くなった。p.157
祖父は僧侶だから、仲間の弔い役として生き延びさせてくれたのだろうか。
(土居は服部に)いかんと言ったんだ。君と辻が一緒になったらまたノモンハンみたいなことをやる。だめだと。p.196
「ノモンハンみたい」
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