乱れた棚|組み立て式「乱棚」2017
バラバラの乱雑な構成はまさに中国の乱格子に似ている。乱の発想はどこから来たのだろう。我々の世界には「乱れたもの」と「整頓されたもの」
の二つがある。エントロピー(熱力学)の視点からは「全ては自然に放置すると混沌に還る」という原理がある。全て放置すると混沌(乱れたもの)
に還ると言うのだ。確かに、人でもいつか死に混沌に還る。それなのに人や生きものは常にこれに反抗していると福岡伸一さんはいう。生きものの
細胞は分裂することで死に対して反抗している。
人も、人を含む生きものも、常に整頓しようとしている。向日葵の花弁が描くフィボナッチ数列も人がつくる水平垂直の格子も整頓されたものであり、
混沌へ向かおうとするエントロピーの増大への反抗なのだろう。
もう少し、深く掘り下げると、生きものの中には整頓しようとする、秩序へ向かう意識と混沌に回帰しようとする意識、その二つが鬩ぎ合っている。
知は整頓を促すのだが、美は混沌への傾斜ではないかと思う。大きな感動の瞬間を思い出してみると自分の中でそれまでの価値体系が崩壊している
のに気づく。理路整然としていた思想がどこかへ消えて、思想を超えたところでこそ感動している。恋がそうだし、音楽に溺れる瞬間もそうだし、
創作の過程での何かの発見もそうである。その瞬間を美というのなら美の瞬間は混沌とした原初的なものに呑み込まれていると言っていいだろう。
群れの美意識は、装置や組織が持つ秩序ある美意識と比べると、渾沌の美意識である。群れにはいわゆる静的調和はない。さまざまな多様なものが動き
続け、変化し続けて動的調和の中にいる。
装置や組織には一定の秩序があって完成しているのだが、必ず終わりがある。しかし、群れにはそのような秩序はない。永久に未完成なのだが、
終わりがない。
装置や組織を整頓されたものと考えると、群れは乱れたものであり渾沌そのものに見える。
渾沌と群れとの間にどのような相違があるのか。一言で言えば、群れは秩序と無秩序の二律背反の中にあり、異なったこの二つの意味の矛盾と葛藤
の中にいるのだろう。いわば、渾沌への憧れと秩序への憧れという二つの相反する憧れの間に揺れているのだ。
逆光の棚と乱れた棚はその二つの世界を代表している。二つとも間違いなく渾沌と秩序への二つの憧れの間を揺れている。葛藤である。
逆光の棚は、知的で調和を意図しながら逆光によるシルエットがあり、それは知からの逃れようとする葛藤の美だろう。乱れた棚はグリッドを構成する
ことがない、乱れた構成をとりながらそのディテールは標準化されている。全ての部材は90度と45度の二つの角度で結合されていて、知的な回答に
なっている。
群れの美意識もこの二つの力の間、二つの憧れの間にいるのである。
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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。
〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。
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