ビールの気持ちをデザインする|HEREのビールグラス 2020
酒は人生の潤滑油のようにいつもそこにある。ちょっと手を伸ばせば、気分を変えてくれたり心の休息をもたらしてくれる。煙草をやめてから一つ、潤滑油を失ったのだが、毎日繰り返す仕事と睡眠のリズムにちょっとだけ悪の匂いがする小さな犯罪はかろうじて人生に命をくれる。本当は薄暗いバーの片隅でジャズでも聴きながらの時間があれば申し分ないのだが、それはもう少しの間、我慢なのだろうか。
人生にはちょっとだけ悪が必要だ。酒を飲むのは悪ではないのだがそれでも微妙にバッカスの匂いがする酒がロゴスの塊になりそうな日々には生命の刺激になる。酒はそんなに明るくっちゃ面白くない。
ビールを飲む時、僕は泡が好きだ。黄金の輝く液体に白い泡は見るだけでも嬉しいのだが唇を汚すあの感覚がいい。思いっきり高い位置からビールを注ぐと、それが勢いよくコップに飛び込んで遠慮のない泡の噴出を演出する。これがいいのだ。それをタイミングよく口に運んで思いっきりごくんと喉を通すのがビールの呑み方だろう。この辺りのイメージはワインや日本酒の醍醐味とは異なる醍醐味だ。
ビールの醍醐味をイメージしながらデザインしたのがこのビールグラスである。何にでもいいグラスではなく、ビールがピッタリのグラスである。大小二種類あり、相似形をしている。握りやすい胴体部と広がる呑み口の形が気付くと女性の腰のイメージだなと一人で悦んでいる。美しい形はやはり女性の肉体なのだ。大きい方のグラスは350mlの缶ビール一つを豪快に上から注いでも泡が素晴らしい雰囲気でこのグラスのカーブを埋めてくれる。大小どちらも上部が膨らんでいるので激しく発泡するビールのスピードでも溢れ出したりはしない。おっとっと・・・と溢れる泡を拭くのもビールの醍醐味なのだが、気持ちよく泡を乗せて呑んでくれ、という風情はまた格別である。
なんでも飲めるグラスも便利でいいし、誰でも運転できる車も簡単でいいのだが、僕しか運転できない車やビールがぴったりなグラスはマニアックでこれからの発想かなと思ってもいる。便利さや優しさは道具の一般解だろうし、歓迎なのだが、これからの環境も道具ももっと偏っていいと思う。ユニバーサルデザインや高齢者でも安全な道具や環境は求められてはいるのだがその先を考えるとちょっと待ったという気持ちになる。
人は今、物に飽きている。誰でも使える道具ではなく、僕が好む、僕が選んだ、僕に気分があう道具がいい。要するに便利ではなく心なのだ。
ビールを楽しむ・・・そんなグラス、そして、ワインも酒もそんな気持ちでデザインしている。
以前、一回この未来への遺言で取り上げたのだが、この当たりを語りたくてもう一度、登場させている。
そんな気持ちでもういっぱい、ぐびっとどうぞ。
オンラインショップEATALKにて販売中
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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。
〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。
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