人とものの遊びのある関係|メガネフレーム てふてふ 2006
物は初めは必要な道具だったのだろうけれど、それが当たり前になってくると必要性を超えて歓びをくれる道具でありたいと願うようになる。
それに、必要性だけを意識して道具を捉えているとその必要性さえ危なくなってくる。人と道具の関係は並大抵な関係ではないのだ。
どこかで大工と鉋(かんな)の話を書いたと思うのだが、大工は木を綺麗に削るためにはまるで手の一部であるかのような鉋がいいと思ってはいない。それより、むしろ畏怖の感覚をもって接する道具、自分の能力を遥かに越える存在としての道具に敬意を表しながら、対話をするかのように道具と戯れることこそ大切だと考えている気配がある。
手と一体感のある道具ではだめなのだ。手で作るのだからそれでいいように見えて、手を越えられなくなる。
人と物の関係は、人と神の関係のように愛情や敬意や畏れを持つ関係である。僕は永年、ポルシェを乗り継いでいるのだがポルシェは道具でありながら、そんな存在をこえて対等に、或いは僕を越える存在としてある。彼の能力は並大抵な能力じゃない。沢山の設計者が想像を超える努力で知恵を出し合い、実験を繰り返して設計している。運転しながらときにポルシェに叱られている感覚になることがある。いたわりをもつ必要もあるし、敬意をもって対話をしながら運転している。
最高な感覚の瞬間は、車と意見が一致しているときや戯れあっているときである。
大工道具もそんな感覚があるのではないかと想像できる。棟梁は弟子に「君の手には脳みそがないのか!」と叱るという。頭で考えるな。手で考えろというのである。手で鉋と会話するのだ、手が鉋と戯れるのである。
着物も身体と戯れる。履物もそんな履物がいい。このコンピュータも僕に抵抗しながら僕と戯れている。彼の癖を知り尽くして操作するのだが、時々僕の期待を裏切ったりもする。ご機嫌斜めになって反抗することもある。これはユーモアや冗談ではなく真剣な話である。
メガネを設計した。弦の部分は、誰でも取り外せるようになっている。老眼鏡でもサングラスでも伊達メガネでもできる。片方を四角いグラス、もう一方を丸くするタイプもある。今ではマスクとも戯れる時代になった。
要するに「物」とは人間の不足を補う道具であるだけではないのだ。「遊ぶ」とはそんな閃きを呼び出す行為なのだと思っている。
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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。
〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。
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