【判例覚書】東京メトロコマース事件の覚書-退職金-

13日に出た東京メトロコーマス事件の覚書。前記事と同じく引用、言及は一部に留める。

 東京メトロコーマス事件は、宇賀反対意見もあるので最高裁判例の引用を中心にみていきたい。本判例も大阪医科大学事件と同じく高裁と最高裁で結論を異にした。

本件退職金の性質


 本件退職金の性質について最高裁は、

 「退職する正社員に対し,一時金として退職金を支給する制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等を定めていたものである。そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このような第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

としている。そして職務の内容や変更の範囲に一定の相違があることを認めた上で、

 「契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」

とした。

短期雇用を前提としたものとはいえない点について宇賀反対意見


 この必ずしも短期雇用を前提としたものとはいえない点について、宇賀克也の反対意見は、

 「契約社員Bは,契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの,当該労働契約は原則として更新され,定年が65歳と定められており,正社員と同様,特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。契約社員Bの新規採用者の平均年齢は約47歳であるから,契約社員Bは,平均して約18年間にわたって第1審被告に勤務することが保障されていたことになる。他方,第1審被告は,東京メトロから57歳以上の社員を出向者として受け入れ,60歳を超えてから正社員に切り替える取扱いをしているというのであり,このことからすると,むしろ,正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある。第1審被告の正社員に対する退職金は,継続的な勤務等に対する功労報償という性質を含むものであり,このような性質は,契約社員Bにも当てはまるものである。」

とする。そして結論としては

 「正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額を超えて退職金を支給しなくとも,不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした原審の判断をあえて破棄するには及ばない」

との宇賀反対意見の方が説得的と考える。

有為人材論?

以前から均等均衡待遇が問われる事件では、正規労働者は将来の幹部候補生として期待されているいわば会社にとって有為な人材であるからこそ、非正規労働者とは異なる取り扱いをしているのであって、その相違は合理的であるとの有為人材論の主張がなされておる。本件では、「様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとした」と一見、有為人材論を認めているとも読める。しかし、その結論に至る前に、配置転換の有無、退職金制度について詳細な検討がなされている。そのことからすると、「うちの会社では、正社員とは将来を背負う有為な人材なんだ」と言い張るだけでは合理性が認められず、長期の労働を期待する幹部候補生ということを前提とした制度設計、例えば業務内容の違い、配置転換の有無、社員教育の有無、退職金規定があってはじめて、合理性を推認させる一事情となるのではないか。

社会的影響を考慮?


また,本判決の裏には、判決文には明確には現れていない社会的影響への考慮があるように思う。林景一補足意見では、

退職金は,その支給の有無や支給方法等につき,労使交渉等を踏まえて,賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ,退職金制度を持続的に運用していくためには,その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから,退職金制度の在り方は,社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると,退職金制度の構築に関し,これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は,比較的大きいものと解されよう。

と退職金制度の持続的運用のため長期にわたって積み立てる必要性から使用者の裁量を判断すべきとしている。
 本件退職金請求を認めると、他社でも退職金請求が頻発し、退職金制度が揺らぐという社会的影響を危惧しているのではないか。
 明確に社会的影響を鑑みた最高裁判決も多いように感じるが、裁判所はあくまで当該事案、当該当事者において妥当な判決をすべきであって、社会的影響を重く見すぎるのはいかがなものかとも思う。

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