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落語台本「三題噺を作りたい!」

 落語に三題噺というものがあります。お客様から三つのお題をいただいて、その言葉を取り込みながら噺を作る、というものでして、有名なものでは、「酔漢」、「財布」、「芝浜」の三つのお題から作られた「芝浜」があります。三つの題をうまく使ってまして、非常によくできた話なんですが、とはいえ、三題噺がいつもうまくいくというわけではないようでして、、、。

高木「おお、近藤、悪いな、呼び出して。」
近藤「高木、久しぶり。(見回しながら)この喫茶店も久々だなあ。」
高木「同級生のたまり場だったもんな。」
近藤「懐かしいなあ。で、今日は何の用だよ?」
高木「ああ、実はさ、おまえからアイデアを貰いたくてさ。」
近藤「アイデア?何の?」

高木「ああ、俺、今落語の台本書いてるんだよ。」
近藤「落語の台本!?なんでまた?」
高木「実はさ、落語の台本のコンクールがあるんだよ。俺、聞くのは好きなんだけど、自分でも書いて応募しようかなって。」
近藤「台本のコンクール?」

高木「うん。で、そのコンクールなんだけどさ、なんと優勝賞金、ドーンと5千万!」
近藤「え!ご、5千万円!?すごいじゃん!」
高木「(笑いながら)いやいや、よく聞けよ~!ドーンと5千万、、、ベトナムの通貨、ドンだよ。5千万ドンは、日本円で30万円。」
近藤「(まじめに)え?ベトナム?どういうこと?」
高木「いや、だからー、ベトナムの通貨、ドンとドーンと、が掛かってて、、、」
近藤「日本人は円だろ!あ、ひょっとして台本コンクールは落語べトナム協会主催?」
高木「芸協はあるけど、ベト協なんてないよ。これ、冗談だよ、冗談。」
近藤「え!冗談だったの?面白くなかったから気づかなくてごめん。」
高木「いいよ、近藤はまじめだもんな。」

近藤「そうだ、アイデアが欲しいとか言ってたな?」
高木「うん。今、台本書いてんだけど行き詰まってて。だからさ、三題話の縛りで書いた方が、書きやすいかなて思ってさ。で、自分にはない発想のお題が欲しいの。落語、知らないだろ?そういう人の新鮮な、俺にない発想が欲しいんだよ。」
近藤「ああ、分かったよ。で、何やるの?」
高木「三題噺のお題を考えてほしいんだ。何でもいいから、単語を三つ言ってよ。」

近藤「三だい噺で単語を三つね、、、えーっと、、じゃあ、『孫』!」
高木「お、いいねえ!『孫』、、、いいお題だよ。で、あと2つ。」
近藤「え-っと『父』、あと『おばあちゃん』。」
高木「ん?なんだ、それ。」
近藤「だから、孫、父、おばあちゃんだろ。親子三代の話。」

高木「あーーーー、違うんだよなーーー!」
近藤「え?新鮮な発想じゃない?」
高木「ある意味、斬新なんだけどさ。ちょっと違うんだ。」
近藤「え、ちょっと違う?おばあちゃんを「おじいちゃん」に変える?」
高木「そうじゃないんだよ。親子三代の噺じゃないんだよ。」

近藤「え?三だい噺って、そうじゃないの?あーごめんごめん。じゃあ、、『がん』とかどう?」
高木「がん?病気の?まあ、いいけど、、、あとの2つは?」
近藤「心臓病、脳卒中。」
高木「がん、心臓病、脳卒中、、それ日本人の三大疾病(しっぺい)だろ。三つ大きい、の三大、じゃないの!三題の題は、問題の題ね。」

近藤「ああ、そうなのか。紛らわしいなあ!」
高木「勝手に間違えたんだろ。三つの「お題」だよ、頼むよ。」
近藤「じゃあ、わかったよ。三つのお題だね。えっと、、『山奥、廃墟、幽霊』。」
高木「山奥、廃墟、幽霊、、、だめだ!山奥の、廃墟で、幽霊が出る話しか思いつかない~」
近藤「ほう、なるほど、そう来たか。」
高木「いや、そうしか来ないだろ。山奥の廃墟で幽霊を出すしかないだろ。何が面白いんだよ。」

近藤「そうか、だめか、、じゃあ、『船、遭難、無人島』。」
高木「船、遭難、無人島、、、って!船が遭難して無人島にたどり着く噺しかないよ~」
近藤「おおーーー!意外な展開!」
高木「どこがだよ!ダメだよそんなの。」

近藤「そうか。じゃあ、『猿、お坊さん、天竺(てんじく)』」
高木「それ西遊記!」
近藤「パラグライダー、北朝鮮、、、」
高木「愛の不時着!」
近藤「すごい、まだ2つしか言ってないのに。正解!」
高木「何だよこれ。スリーヒントクイズみたいになってるぞ!」
近藤「ごめん、なんか楽しくなっちゃって。」

高木「勘弁してくれよ、、、。そうだ、近藤、お前、数学の助教授なんだよな。その専門の分野からさ、俺には思いつかない言葉を出してよ。」
近藤「数学の?それでいいの?」
高木「ああ。次に言ってくれたお題、絶対使うから。」
近藤「いいの?じゃあ、今、俺が取り組んでる問題は、、ポアンカレ予想。」
高木「ポ、ポ、ポアン、、カレ、、、?」
近藤「うん、ポアンカレ予想!」
高木「うーーー(長考して)、、、パス!」
近藤「なんだよパスって。絶対使うんだろ。」
高木「だいたい、なんだよ?ポアンカレ予想って」
近藤「簡単に言うとさ、境界を持たない連結かつコンパクトな3次元多様体は、任意のループを1点に、、、」
高木「もういい!もういい!聞いた俺が悪かった!もうわからなくていい!使うから。わからないけど三題噺に使うよ。で、次言ってくれよ。」

近藤「次は、、、レビニット素数、かな。」
高木「レビ、、、、、?もうムリムリムリ!ポアンカレ予想だけで頭痛くなってるから。もう、お題はいいよ。残りの2つは、、、あとは、適当でいいな。そうだな、えっと、この(目の前の)アイスコーヒーと、このテーブルにしよう!お題は、ポアンカレ予想、アイスコーヒー、テーブル!これで決まり!」
近藤「なんだよ、結局自分で決めちゃうのかよ!」

それから、ひと月ほどたったころ、今度は近藤が高木を呼び出します。

近藤「おお、高木、その後どう?落語の台本、三題噺。」
高木「ああ、あれね。書いたよ。ポアンカレ予想とアイスコーヒーとテーブルで。」
近藤「どんな話?」
高木「新メニューの激辛『ポアンカレー』とアイスコーヒーのセットを売りだすレストラン『テーブル食堂』の話にしたんだよ。オチは『からいなあ!ポアンカレ―は、よそう(予想)、、ポアンカレ―よそう!』って。爆笑だろ!」
近藤「んー、、、で、コンクール、どうだった?」

高木「ああ、ダメだった!」
近藤「一次審査で?」
高木「いや、一次審査落ちの前に『門前払い』があるらしい。原稿が送り返されてきた。」
近藤「門前払い!?」
高木「ああ。1行目に『この話は、ポアンカレ予想、アイスコーヒー、テーブルの三題噺です。』って分かりやすく書いたんだけど、そこに大きく赤でバッテンがしてあった。まあ、よく考えたら、自分でお題考えて自分が作る三題話って意味わかんないもんな。」

近藤「最初から、ダメじゃん、、、いや、今日、高木を呼び出したのはほかでもないんだ。お礼が言いたくて。」
高木「お礼?」
近藤「そうなんだよ。このお題のアイスコーヒーなんだけど、あの後、これがなんとなく引っかかって。アイスコーヒーってさ、コーヒーにミルク入れると最初はすぐに溶けないじゃない?
高木「ああ、そうだな。」
近藤「その溶けそうで溶けない感じとね、ポアンカレ予想を解くときに、トポロジーと微分幾何学が融合しそうで、していない様子とが、俺の中で重なったの。重なったんだよ!」
高木「ほほう、、重なったのかー、、、わからん!」
近藤「まあ、とにかくさ、お題のアイスコーヒーのイメージのおかげで、俺のポアンカレ予想の研究が進んだってこと。パッと目の前に道が開けた感じなんだ。あの時高木がアイスコーヒーって言ってくれたおかげさ!」

高木「え?なに?それ俺が役に立ったって話?」
近藤「そうだよ!ほんとに助かったよ。高木のおかげだよ。」
高木「いやいや、俺のおかげじゃないよ。強いて言うなら、、、、三題噺のおかげだな。あ!でもさ、最後の『テーブル』は使わなかったな。」
近藤「いや、テーブルも使ってるよ。」
高木「どこに?」
近藤「言ってるだろ。ポアンカレ予想とアイスコーヒーは、いい題(台)だった、って。」

(終)

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