すきなひと
ものすごく好きな人がいました。
もう20年くらい、いや25年くらいすきでいます。
10年ぶりかでその人の新刊を読みました。
その人の言葉に触れると
自分の中にふだん隠しているマグマみたいなのが
ダクダクと沸騰し泡が爆ぜてしまいます。
ホントのわたしに戻してしまうのです。
この体がいちばん喜ぶことを知る、言葉でした。
わたしはまた あのときと同じ様に
爆ぜたマグマが内壁にベッタリとこびりつき
息を忘れることを思い出しました。
まだ呼吸を忘れてしまうのでした。
それがなんという名の付くものなのか知りません。
その言葉は、
罪人が神父にキスを求められるのを拒めないように
わたしのいちばん弱くて柔らかいところを
剥き出しにしてしまいます。
「あぁそんなものもういいの
この世界では使えないものだから容赦して 」
じぶんでついた嘘に煽られているのでしょうか。
その言葉はただ綴られているだけなのに
その前にいるわたしはこんなに狂おしい。
紙面に続く活字たちは引き潮のよう。
気がついたら足がつかず溺れる深さにまで
手を引かれていました。
あなた以外の頼れるものが何もなくなってしまう。
現実ならわたしはじぶんで立てる人がを装えるし
実際に立つこともできるのに腑抜けにさせられる。
あまりにもそんなだから
なにをこの人は書いてるのかわからなくなります。
どこで読んでいるのかわからない。
感じるアンテナが強すぎて電流が背骨をツルから
前を見ざるを得なくて、必死の読書なのです。
もう途中から、おねがいだからやめないで、と
完全に依存者で支配される側にまわって
水あめのような文字に囚われてしまいます。
わたしは奴隷だったことを思い出します。
終わりが想像できない優しくない世界で
この文字を只いま全身で主人を追っています。
飲み込めずにあふれた文字は口の端から垂れ
タラタラとわたしの体に沿って流れ
その肌からも文字はわたしに侵食するのです。
文字はわたしの身のうちにすべりこみ
心臓のパイプを通って全身に興奮剤を撒き散らし
マーキングしてまわる。
うっとりと苦しくなる胸
文字が音を越えフィルムとなり
わたしの中で映写される。
このままにしててほしい
このままやめないで
このままにいさせてずっとおかしくなってもいい
最後のページをめくると息を吸いました。
帰ってきた、戻れてよかった。
あんなところにずっといたら
いくら身があっても保たない。
読書で気が狂うという稀有な経験をさせてくれる人にそうして救われることが多々ありました。
まだわたしはそこを必要としてるようです。
いえ、またそれが必要になったのかもしれません。