見出し画像

やりたいことがないなら、歯を食いしばろう。


最近ジムにハマっている。



僕は仕事の終わりに高円寺にある、エニタイムフィットネスにいっている。ジムに行ったことがある人ならわかると思うが丸太のような腕をしたいかつい大人がごろごろいる。僕はジム初心者だ。まだまだ細い腕で、ほとんど持ち上げられず、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。実際、他の人のトレーニングの様子なんて見てる人なんてほとんどいないのはわかっているが、プルプルしながらベンチプレスなどで持ち上げていると、恥ずかしすぎて、トレーニング終わりは他の人の目を見ないようにして顔を上げないように他のマシーンに移動するありさまだ。


僕は他の人と比べて、小さいころから人より苦手なことが多い。例えば僕はスポーツが苦手だ。特に球技がびっくりするくらい苦手だ。特にバレーボールが苦手だった。サーブ打つ瞬間、相手と自分が一対一になって、自分がミスしたら終わりという極度の責任感。緊張でいつも頭が真っ白になって、ミスしても「ドンマイどんまい」って言ってくるだけ。それが逆にとてもつらい。そしてそれが気になって、またミスをする。それが一番辛い。

球技が苦手なのは小学校からで、中学はもっとひどかった。中学になると露骨に体格差も出てくる。僕は千葉県にあるど田舎の中学校に通っていたのですが、治安がとにかく悪くて、体育ができないといじめられるような学校だった。カーストは必然的に下になった。

また僕はコミュ障だった。人と話せない、普通のコミュニケーションにとにかく苦手意識を持っていた。自分の顔も好きではなくて、まともに中学のときは人の目をみて自信をもって話せなかった。自信がないと女子にもモテない。中高はまともに彼女なんてできなかったしキスとかもしたことがなかった。

そんな自分に唯一人より得意なものがあった。それが勉強だった。中学1年くらいの時だったからか。人より英語が少しだけ得意なことに気付いた。そこで僕はひたすら勉強するようになった。得意なものがないと僕にクラスの居場所はなく、いじめられると考えたからだった。人より得意だったので勉強は苦ではまったくなかった。実際1日10時間とか平気で勉強したし、中2のころは勉強のしすぎて塾の校長から心配されて家に電話がかかってきたこともあった。

こうして僕は自分の得意だった勉強を頑張り続けて、中学のときは学年1位をずっと取っていた。勉強だけが誇りだった。勉強だけで自分の地位を保って、ある程度チヤホヤされるようになった。そして僕は勉強だけ頑張って、高校に合格して、高校でもある程度勉強ができるやつ、特に英語が人より得意なやつとして君臨した。苦手ではなく得意を伸ばし続けたのである。反対に数学はめっぽう苦手だった。

大学受験も自分の得意だった英語がいかせる、東京外大を選んだ。外大は国公立だったし英語の偏差値が高く、配点も英語の割合が6割以上を占める。反対に数学は配点のうち1割にもみたない。だから数学が苦手で英語が得意な人は全然狙える。事実僕は、苦手を克服するより、今の自分の得意で勝負できるところを選んだのだ。

東京外大には現役で受かった。もちろんこれも周りからチヤホヤされた。しかも学科の最高得点を取ることができた。偏差値65以上の国公立に受かったことは、「すごい」「天才」と言われるのに十分な材料だった。

しかし大学に入ってから僕の周りは一変した。英語ができる人がいく大学に入ったのである。周りは自分より英語ができる人しかいないのは当たり前である。僕のクラスにはTOEIC900点がザラにいた。自分は英語という武器がなくなって、得意なものが消滅したのだった。

だから僕は場所を変えた。わざわざ自分の大学ではなく、インカレ(ほかの大学の団体)であるサークルに所属した。自分が英語がすごいといわれるためである。僕はこうやって、周りと比較して少しでもすごいといわれる、得意な英語というものを離そうとしなかったのである。新しい、得意を増やそうとしなかった。

そんな中であっという間に時間は過ぎて大学3年になった。大学3年になると僕の周りの意識高い人達はサマーインターンに参加を始めた。そして僕も周りに流されるように、そのサマーインターンに応募をするために面接を受けるようになる。そこで僕はある企業の面接官からこう言われた。「君はこの3年間で、何ができるようになったの?」そのインターンは落とされた。

能力のないものは要らない。能力なくてもそれをつけようと努力してない人はもっと要らない。僕はどちらにも当てはまった。僕は初めて自分の無力さを思い知らされ、社会の厳しさに絶望した。そしてその日から僕は幸運にもいろいろな人のつながりもあり、就活で自分の戦闘力を高めるために、自分で事業を始めた。

結論からいうと事業自体は収益化もできて、はたからみると成功しした部類に入っていると思う。バイトもしないで生きていけたし、その経験から内定をもらうことができた。僕自身、勉強は好きだった。マーケを学ぶことは面白かった。なので自分の得意だった勉強を活かしてそれをひたすら伸ばしていった。

そんなとき、お世話になっている事業家のかたにある一言を言われる。「マツケンは、このビジネスを初めて何ができるようになったの?」「ずっと自分のできる範囲のことしかやっていないよね。」「カッコよくないよね」おんなじことを言われた。

そこで僕は自分の苦手なことのひたすら向き合い始めた。苦手なコミュニケーションに向き合うようになるために、毎月30人近くの人の人生相談に乗るようになった。女の子のナンパも始めた。人と関わることが苦手な僕はただただ苦痛だったし、誕生日の日に8時間近くナンパをしたこともあった。今まで逃げてきた筋トレも初めて、大嫌いなランニングも始めた。苦手で正直やりたくないことばかりである。

しかし、こういう一見、「将来、何の役に立つの?」という苦手なことをひたすら向き合い続けた結果、僕自身、将来のやりたいことがぐっと増えてきた。人の目を気にしなくなった。自信がついた。やりたいことが増えまくった。今までの自分だったらやろうと思わなかった営業もやってみたいと思うようになった。自分のチームを持ってみたいと思うようになった。人前にたってセミナーとかもしてみたいと思うようになった。シェアハウスをしたいと思うようになった

結論、やりたいことがない人は、「苦手を得意にした経験」が極端に少ないからだと思う。だから自分ができると思ることが少ないし、できると思えないとやりたいことには絶対にならない。

例えば世界一周をしたい、という人がいるとしよう。誰でも一度は憧れたことがあるのではないか。しかしいまこれを読んでいる人で、世界一周を本気でやりたいと思っている人はどれくらいいるのだろうか。やりたいと思っている人は、いまここでバイトなんてしていない。普通の就活なんてしていない。「できたらいいな」という、ドラえもん願望くらいの人が多いのではないか。

「できたらいいな」って思っているということは、今はできないと思っている証拠だし、本気でやりたいことにはならない。そしておそらく一生やらない。だからやりたいことなんてない、ということになる。

やりたいことがないという人は、今の自分のできることを徹底的に増やしていったほうが良い。そのためには自分の苦手ととにかく誠実に向き合っていく必要があるのだ。

20代のうちはなんでもなる。

夢を諦める大人になるな。


夢を本気で追える大人になれ。

酒場で「本当はこうしたかった」と愚痴る大人になるな。

「仕事をやめたい」と家の玄関で漏らす大人になるな。

妥協する大人になるな。

子どもに誇れる大人になれ

他人の夢を応援できる人になれ。


だから夢を諦めるな。
今から必死に苦手と向き合おう。

なんでもよい。歯を食いしばって、苦手なことをとにかくたくさんやろう。


苦手を乗り越えた経験は、
世の中の誰がなんと言おうとも、
揺らがない自信になるから。



僕の自己紹介はこちら


人気記事


いいなと思ったら応援しよう!