2.3 Level and measurement refulations
聴衆レベルの規制,勧告,ガイドラインは世界的に見てもほとんどなく,実践にも大きなばらつきがあります。表2.1にはヨーロッパにおける現在のオーディエンスの音圧暴露規制が記載されています[49]。ヨーロッパはこの分野では世界の他の地域と比較しても最も進んでいる地域です。
観客の音響暴露規制に関するコンセンサスや標準的慣習は存在しませんが,ヨーロッパの多くの国々で一般的に共有されている慣習があることがわかります。公表されている規制はすべてA特性重み付けを用いた一次制限(Limit1)を規定していますが,これは現代のポップミュージックイベントの典型的なスペクトルバランスに対応できず,さらに重要なこととしてA特性は大音圧での人間の聴覚を表現するものではありません。
大音圧ではC特性重み付けによって,より正確な知覚ラウドネスの測定ができますが,これでもBS ISO 226:2003 [54]に詳述されている標準化された等ラウドネス曲線の代表ではありません。
A特性重み付けが現場での測定に適さないという推測(もはや事実)は,かなりの量の先行研究 [24, 30, 55, 70] によって裏付けられています。特にポップミュージックイベントの聴衆は非常に高い音圧レベルにさらされているため,A特性重み付けによる測定では,暴露量が著しく過小評価されていると指摘されています[21] 。さらに上述のように,現代のライブ音楽は低周波のコンテンツが豊富であるのに対し,A特性重み付けは音の暴露に対する低周波の寄与を大幅に過小評価してしまいます。このことは低周波音の暴露が高周波数での聴覚障害を引き起こすという研究結果を考慮すると特に重要です[71-73]。したがって,観客の音響暴露を規制するためにC特性(またはZ特性)重み付け測定(積分時間が長い場合と短い場合の両方)を採用することを検討することが適切です。
一次制限の積分時間は1分~240分です。興味深いことに,最小(オーストリア)と最大(WHO)の積算時間はまったく同じ制限値(100dBA)になっています。音楽イベントの一過性で変化する性質を考慮すると,音楽イベントの中でも特に大きな音量の部分(頻繁ではない)によってデータが歪むリスクを冒すよりも,聴衆が受ける騒音量をよりよく表現するために,より長い期間にわたって統合する方が合理的であると思われます。一方,あまりに長い期間にわたって積算すると,イベントの初期に制限に違反してしまい,たとえヘッドライナーのセットでサウンドシステムがオフになったとしても,長時間の平均の制限を満たすことができなくなるという可能性があるため,妥協点を見出す必要があります。ヨーロッパではほとんどの場合リアルタイムモニタリングとともに15分の統合時間が実際に適用されています。
欧州の規制で詳述されている二次制限(Limit2)のほとんどはピークレベルに焦点を当てており,多くのケースで35ms以上のC特性重み付けが使用されています。これは合理的に思えますが,現代のSRシステムで低周波数が重視されていることを考えるとおそらく積分時間が短すぎるでしょう。研究によると,人間の聴覚システムの積分時間は低周波数で約170msであることが示されています[74]。それでもやはり140dBCのレベルは深刻な聴覚障害を防ぐために避けるべきです。いくつかの二次規制値はより長い積分時間(最大60分)でC特性重み付けで測定を行っていることに注意する必要があります。ただしこのような長い積分時間は,FOHエンジニアの仕事を非常に困難にする可能性が高くなってしまいます。特にイベントの終盤では,いわば"ラウドネス資本"がほとんど消費されてしまいます.
余談ですが,NASAの宇宙飛行中の人的要因,居住性,環境衛生に関する技術基準[75]は,ACGIHの超低周波音暴露限度を採用しています。これは1~80Hz(1/3オクターブバンド)の周波数の音圧レベルは,各バンドで145dBZ(ピーク)以下,スペクトル全体で150dBZ(ピーク)以下としています[76]。ただし積分時間は指定されていません。また,低周波音が胸部共鳴を引き起こす周波数帯域(およそ50~60Hz)に集中している場合,全身振動を引き起こし迷惑や不快感につながる可能性があります。このような場合は,音圧レベルを下げることが必要です[76]。そしてこのような音圧レベルは特に大型サブウーファーアレイの前に直接立っている観客にとっては起こり得ます。[21])NASAは宇宙飛行士の健康を第一に考えており,低周波数の騒音暴露を最適に定量化するために,重み付けなしの測定値を採用しています。ライブイベント業界ではA特性重み付けがまだ使用されていますが,これは前述のように低周波数成分をほとんど無視したものです。2つの業界は大きく異なりますが,音やノイズの暴露の性質はそこまで異質なものではありません。
(重み付けされていない)絶対音圧レベルに応じて等ラウドネス曲線に従って動的な重み付けカーブを実装することは十分に実用可能です。これによって常に変化するエンターテイメントイベントの騒音暴露を正確に測定,評価することができます。現代の機器はこれを実現するのに十分な計算パワーを備えていますが,このようなアプローチは広く採用されることを期待する前に,技術標準によって規格化されて騒音規制の改正に取り入れられるべきでしょう。しかしこれは実現するまでに長い年月を要するでしょう。現時点では既存の測定基準,規制や機器と連携して,エンターテイメントイベントにおいて観客の安全を確保するための合理的かつ現実的なアプローチを実現することが重要です。しかし,これは業界が将来を見据えて現在の測定手順を更新する努力をすべきでないということでは決してありません。測定手順が不適切であるという証拠があれば,長年使われてきたからといって従来の測定法に固執するメリットはありません(古くからの慣例に固執するのはずっと簡単ですが)。
なお,子供向けのイベントでより厳しい制限を設けているのは心強いことです。子供の聴覚器官が騒音暴露に対してより敏感であるがためにより損傷を受けやすいことを示す決定的な研究はありませんが,幼少期の難聴は個人のQOLを損ない,加齢による難聴の発症を早めることが知られています [77-80]。さらに補聴器が必要な難聴のある人はライブイベントに参加することでさらに難聴になりやすいという研究結果もあり,聴覚障害者(特に若者)がイベントに参加できなくなり社会的交流が失われることが示されています[81]。
2.3.1 Measurement and monitoring procedures
聴衆の音響暴露の測定手順については各国によってコンセンサスが得られていないようです。測定場所をFOHに指定する国もあれば,一般の人がアクセスできる場所であればどこでも測定可能な国もあります。英国では,音響暴露を観客の頭の高さで最も大きな音を出す場所で測定することが推奨されています[28]。ドイツとフランスも観客席の最も大きな音量の位置で測定することを指定しています。音楽フェスティバルの現場測定では,観客の水平方向のSPLに13dB以上の差があることが研究によって示されているため,測定位置が統一されていない現状は問題です[24]。また,観客席などのモニタリング位置での本番中の測定は現実的ではないため,観客席で最も大きな音量の場所と実用的なモニタリング位置(通常はFOH)との相対的な差を測定することによって補正値を実装することができます。
もちろんスピーカプランニングの時点で観客席全体のエネルギー分布が一様になるように努力すべきですが(セクション3で議論します),客席ごとの音圧偏差から観客の音圧暴露を監視するために特定の一点で測定することの問題点がよくわかります。最近の研究では,単一の測定位置での測定が避けられない場合は,FOHの位置によって全体的な観客の音圧暴露の推定値の正確性が向上する傾向があることが示されています[55]。これは前提として,FOHで測定した結果が客席全体を代表するようにサウンドシステムが設計されている必要があります。この目標はこの文書のセクション3において主要な焦点となっています。
ドイツのDIN15905-5(法律ではなく技術基準[61, 62])は客席のレベル監視において興味深い問題提起をしています。この規格では,観客席の最も大きな音量の場所で,規定された制限値($${L_{Aeq}}$$=99 dB(30 min)かつ$${L_C}$$=135 dB (peak)に準拠することが求められています。大規模な屋外イベントへの参加による聴覚障害によって訴訟が起こされており,その一部はDIN15905-5を引用しています。主な訴訟事例の一覧は[82]に掲載されています。
前述のように,イベントでの測定位置はFOHが一般的ですがこれには問題があります。ポップミュージックのイベントでは,サウンドシステムが動作していなくても,観客のノイズで音圧規制値を簡単に超えてしまいます[83]。特に測定用マイクロフォンがFOHに設置されている場合,群衆のノイズによってサウンドシステムとは無関係に規制値を超過することになります。そこで観客の影響を避けるために,測定用マイクロフォンをサウンドシステムの近くに設置することが提案されています[83]。これにももちろん問題があり,サブウーファーシステムの近辺でモニターするとフルレンジシステムが観客に提供しているものと誤って読み取ってしまうことがあります。また大規模なサウンドシステム近辺での高い音圧レベルは測定用マイクロホンの誤動作を引き起こし,測定が無駄になることがあります(これはDIN15905-5に明確に表現されています)。簡単な解決策は,FOHに測定場所を設けたうえで,モニタリングソフトウェアがサウンドシステムへの入力信号を把握して,観客のノイズによる規制値違反を無視できるようにすることです。この方法は既存のサウンドレベルモニタリングソフトウェアに(ある程度)実装されており,セクション5で説明されています。
全体として観客の音響暴露規制の分野では多くのやるべきことがあります。現代のライブイベントの状況に近い規制は存在しますが、世界中で受け入れられている標準的な慣行はまだ存在していません。ノイズや音楽に関連した難聴の可能性については広帯域のスペクトルを考慮する必要がありますが,一般的なシステム設計の慣行により低周波が最大のリスクとなる可能性があります。つまり,サブウーファーシステムが最も近い観客から数メートルしか離れていない場所に設置されることが多い一方,ラインアレイは観客のかなり上方に吊り下げられるため,推奨限度を超える音響暴露をもたらすという最大のリスクをもたらすかもしれません。このセクションで議論したように,このような大音圧は一時的または永久的な難聴の可能性だけでなく,長時間にわたって追加の(潜在的な)神経学的および社会学的障害に観客をさらしかねません。この分野では,より多くの研究と実用的な実験が必要です。これについては3.2.1節でさらに論じています。
2.3.2 Preventative measures
ライブイベントへの定期的な参加による聴覚障害の回避を支援するためには,
一般向けの教育プログラムが必要であることが数多くの研究発表で強く示唆されています [28, 77, 84-87]。ある研究では,参加者はライブイベントでの大音圧暴露のリスクに関する6ヶ月間の教育プログラムに参加しています [85]。この結果は教育プログラムによるものと断定することはできませんが,プログラム終了後に参加者の12%がイベント会場で聴覚保護具を使用しました。また若い参加者は教育プログラムの影響をあまり受けていないようでした。
音圧レベルが観客への暴露に関する一般的な規制や推奨を超えると予想される場合,音への暴露による聴覚障害のリスクがあることを示す明確な表示を会場に設置すべきであるということを大音圧暴露リスクに関する一般市民への教育に関連した多くの研究が示唆しています。またそのような場合には,聴覚保護具(耳栓の形)を無料 [86]または少額の費用で提供することが提案されています [87]。会場での聴覚保護具の利用,および危険な音響レベルの明確な通知は,観客により注意を促すと考えられています。
ただし,骨と組織の伝導経路があるため,標準的な聴覚保護具の低周波音への有効性には疑問があります。この問題は航空母艦で働く人々 [88-90] や,NASA が飛行技術基準 [75] で低周波騒音暴露の要件を満たすために聴覚保護具を使用することはできないと明言していることからもよく知られている。したがって高音圧の低周波音にさらされる場合,この領域で適切な聴覚保護具は存在しません。
2.3.3 Approach to sound exposure regulations
結局のところ,大規模なSRシステムの設計と運用に責任を持つ人々が合理的で正確な,観客の音響暴露規制の制定に積極的に貢献しない場合,政府が介入して非現実的で非実用的な規制を課すことはほぼ確実で,ライブイベント業界はそれに従わざるを得ない,というのが(1970年代からAES内で言われてきた)心配事です。これはすでに起こり始めていることです。
この問題は1976年にAESの論文[91]で強調されており,"私たち自身が何らかのガイドラインを作成しなければ,どこかの政府機関がその空白に踏み込むだろう"とされています。同じ年の別の研究[92]でも同じように表現しており, "すでに証明されている有害な影響の可能性を全く考慮せずに,より大きな音を発生させる手段を提供するだけでは不十分である"とされています。 ここでも,この文は特にAES会員をターゲットにしたものでした。
1980年の調査[84]では,ライブイベントによる深刻な聴覚障害のリスクから一般市民を守ることはAESのメンバーの責任であることを明確にし,もし我々がこの問題に対処しなければ政府が過剰な規制をすることはほぼ確実であると指摘しています。"私たちの自由は,政府が私たちの余暇のライフスタイルを管理することによって侵食されるでしょう。しかしこの介入は,市民がイニシアチブをとって我々の文明を聴覚障害へと押し流す潮流に対抗しない限り,遅かれ早かれ間違いなく起こるでしょう...。そしてこの問題提起を専門家が聞き取れることを望みます。もしまだ耳が聞こえなくなっていないのなら。"と多少皮肉めいた表現がされています。
このワーキンググループはライブイベントにおける観客のための適切かつ効果的な音圧暴露規制とガイドラインの研究開発を全面的に支持しますが,この活動だけでは不十分であることは明らかです。観客の音響暴露の管理は適切なサウンドシステムの設計から始めなければなりません。これによって観客の高品質なリスニング体験を損なうことなく,規制を現実的に適用することができるのです。現場でも現場以外の音や騒音問題でも,その解決はサウンドシステムの設計から始めなければならないことを理解することが重要です。この点は出版されている文献の中でこれらの問題を取り巻く議論の多くに欠けているように思われます。そこで次のセクションではサウンドシステムの設計に焦点を当てます。
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