6 騒音抑制技術、6.1 会場とサウンドシステムの制御

この記事はAESによって2020年に公表されたイベント騒音と音響暴露についての文献(Technical Document),"Understanding and Managing Sound Exposure and Noise Pollution at Outdoor Events"についての和訳やこの文献を輪読する勉強会で得た知見などをまとめたものです。

Overviewなど各章の構成と概説については初回の記事をご覧ください。
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6.1 Noise suppression techniques

このレポートのこれまでの章では、国や地方自治体の騒音規制、聴衆の音響暴露レベル、予測・測定・モニタリングの方法に焦点を当て、それらの事例を集めて紹介してきました。
ここからは、周辺地域(または音楽フェスティバルの近隣ステージ)の騒音問題を実際に抑制するための技術について考えていきます。
現状では、単純に出力音圧レベルを下げることが騒音問題に対処するための一般的なアプローチです(多くの場合、特定の1/3オクターブ帯域をターゲットにしています)が、実はこれ以外の選択肢がないわけではありません。
そして多くの場合、これが最良の解決策とは言えません。
ここでの二つの目標は、近隣の住宅地へ伝搬する騒音を最小限に抑えることと、すべての観客に対して一貫して高品質で適切な音楽体験を提供することです。

この章では、まず騒音問題を抑制するための会場の物理的構造について考察します。
続いて、低周波数の音をイベント会場から外に放射される前に打ち消すことを目的として野外ライブ会場周辺に設置される、いわゆるSecoundary音響システムに関する先進的な取り組みについて解説します。
そして最後に、どのような騒音抑制技術であっても、観客の音楽体験を損なわないことが重要です。
これは、この章の最後に焦点を当てます。
観客の音体験に悪影響を与えるような騒音対策は適切とは言えません。

6.1 Venue and sound system configuration

騒音問題の多くは、屋外会場を適切に設計することで解決できます。
プランニングの段階で、コンピューターによるサウンドシステムの正確なモデリングを行うことが極めて重要です。
これがなければイベント開催中に会場内外の騒音を効率的かつ効果的にコントロールすることはほぼ不可能です。

複数ステージの音楽フェスティバルを開催する際には、慣例として、コンピュータモデルを用いてステージの向きを検討し、4つの主要な目標を達成することになります:

  1. 周囲の騒音に敏感な敷地外エリアへの騒音公害を最小限に抑える

  2. 会場内の他のステージや 特定の静かな場所への騒音を最小限に抑える

  3. FOHの音響レベルを(許容される範囲で)最大化する

  4. 観客全員が過度の音量に暴露されないようにする

(1)、(2)、(3)の項目は、演奏ステージの適切な向きと位置、適切な音響システムの構成によって、概ねコントロールすることができます。
(4)はサウンドシステムの構成に大きく依存しています。

ステージの向きは、敷地外の騒音(住民への迷惑)と敷地内の騒音(観客、スタッフ、ミュージシャン、他のステージへの迷惑)に影響するため、上記リストの(1)と(2)に対処するために考慮する必要があります。
ステージを90度回転させれば、特定のエリアでの騒音問題を軽減できることはありますが、あるエリアでの騒音対策が他のエリアに悪影響を与えないように注意する必要があります。
このような状況は、イギリスのReading Festivalに携わったコンサルタントが遭遇した事例であり[335]、ステージを90°回転させることによって、解決した問題よりもさらに多くの問題が発生しました。

当然ステージの向きだけでは騒音問題に対処できません。
この分野では、サウンドシステムの調整が不可欠であり、これに関する様々な側面は、既にこのレポートの3章で取り上げています。
スピーカのカバレッジが客席後方で切れるよう、物理的または電子的にフライングシステムをステアリングするといったように設計上留意し、さらにスピーカの放射が地上面と平行にならないようにラインアレイシステムを十分に高くフライングできれば、中規模から大規模のほとんどの現場で実現可能です。
ただし、サウンドシステムの放射範囲は気象条件によってイベント期間中に常に変化するため、理想的な条件に基づいてシステム設計を行ったとしても騒音問題を完全に回避できるわけではありません。

屋外イベントで使用するサウンドシステムにおいて最も基本となる制御要素は、オーディエンスに要求されるサウンドレベルとカバレージパターンを達成するための音響パワーレベルです。
音響パワーレベルとは、サウンドシステムの絶対的なエネルギー出力のことで、伝搬距離などは考慮されません。
あるイベントに必要な音響パワーレベルはシステム設計の効率に大きく依存します。
指向性がそれほど強くないために観客以外のエリアでエネルギーの多くを浪費してしまうシステムよりも、エネルギーの大部分を観客に向けて騒音に敏感なエリアへの放射が小さいサウンドシステムの方が全体的な音響パワーは小さく済みます。
したがってシステムを設計する際には音響パワーレベルの最小化に重点を置くことが不可欠です。
その結果場外の騒音問題が減少し、一般的により効率的で効果的なサウンドシステムの設計が可能になります。

ここではd&b audiotechnikのArray Processing [312]やL-AcousticsのSoundvision(Autosplay、Autofilter、Autoclimate機能を含む)[123]などの高度な信号処理機能が役立ちます。
このような(または類似の)アプローチにより、様々なオーディエンス分布や 天候条件を事前に設定したり、システム上で提案された設定に合わせて継続的に調整することができます。
ボタンを押すだけでシステムは電気的に再構成され、意図した周波数レスポンスとカバレージパターンに復元することができます。
例えば観客が会場の前半しか埋まらなかったり(そのためラインアレイの上半分は必ずしも必須ではない)、気温や湿度の変化によって音の伝搬が変化したり(温度勾配による音の屈折による影響も含む)するような場合です。
このような機能は実際に使用されることが多くなってきています。

ほとんどのスピーカメーカー提供のソフトウェアは、客席平面の形状とサウンドシステムのリギングの高さと寸法によって決まる範囲内でしか信頼できないことに注意する必要があります。
経験則として業界では、ラインアレイのリギングポイントはアレイの長さの3倍以上であるべきだと言われています。
ソフトウェアは多くの場合、低めの高さでフライングされた長いアレイの一番下のスピーカーを減衰させ、均一な客席カバレージを得ることを推奨してきます。
このような構成はニアフィールドでは妥当な内容かもしれませんが、遠距離でみるとかなりのエネルギーが地上面に平行に伝搬することになります。
温度勾配によってこの音は上方に屈折する可能性が高く、その結果会場の後方で客席のカバレージが悪くなり、また会場外での騒音問題につながります。

多くの場合、比較的アレイ長が短いラインアレイを使用することで正確な音場制御を実現することができます。
このような音場の正確な制御は、大きなひさしをもつような構造の会場でイベントを開催する場合に特に重要です。
これは、かなりの音響エネルギーが直接的に構造物に放射されて、会場内部での反射や特定の低周波数帯域の屋外への再放射が問題となることを避けるためです。

さて、近年屋内や半屋外の会場では、低周波数吸音技術[336]を利用した音響可変技術を導入しています。
これは低周波数帯域の吸音率を高めるために、会場に大型の膨張式薄型プラスチックメンブレンチューブを導入するものです。
このチューブは必要な低周波数の吸音量に応じて膨張/収縮させることができます。
2014年のEurovision Song Contestへの応用例を図6.1に示しています。

図6.1 周波数吸音のための音響可変技術の導入による残響時間変化(屋根、後壁、側壁の半分に適用)[336]。

この装置は通常屋根の上に設置して使用されますが、後方や側方の壁、ステージの背面にも設置され、 スタジアム内の空席部分への放射を最小限に抑えています。
アムステルダムアリーナで開催されたポピュラー音楽のコンサートでは、アリーナの屋根の一部がガラス張りになっており、開放することができました。
アリーナの何もない(反射率の高い)部分への音の伝搬を低減するため、チューブアブソーバーをガラス屋根を囲む屋根部分とステージ後方に設置さ れました(図6.2)。
この技術を利用することで、低周波数帯域の残響時間を元のピーク値(会場が空席の場合)から50%以上短縮できることが示されました(図6.3)。

図6.2 アムステルダムアリーナでの低周波数吸音用チューブアブソーバーの使用例[336]。
図6.3 (元の無人のアリーナの測定に基づく)低周波数吸音材を追加設置したアムステルダムアリーナでの残響時間低減の結果[336]。

この技術は屋内の会場を対象としていますが、少なくとも(前述の例のような)半屋外の会場では騒音問題の解決に役立つという見方もあります。
大規模な会場で低周波数の残響を制限することで結果として会場から周辺地域へのノイズの流出を抑えることになります(また2章で扱ったように会場内で知覚される音質も向上させることができます)。
残響が制御されれば直接音に集中することができ、場外への放射を避ける作業はより単純になります。
しかし完全な屋外イベントの場合、風がこの技術の採用を妨げる可能性が高いと思われます。
チューブが大きな帆のような作用をし、仮設の構造物に大きな負荷をかけることが予想されるからです。

また、ステージの構造自体も音の伝搬に大きな影響を与えます。
このレポートの主著者の経験では、音響的に非透過性の素材で構成された舞台袖は、グラウンドスタックサブウーファのカーディオイド特性を劣化させ、場合によっては騒音に敏感なエリアで騒音問題を引き起こしたり、客席のレベルを低下させたりすることがあります。
同じような問題(カーディオイド特性の劣化)はサブウーファをステージの下に設置した場合にも起こります。
これは以前の研究 [337] で調査されており、その結果は [338] と [339] でそれぞれ再現されています。
主な実験結果は表6.1と図6.4に示すとおりです。
また[338]で得られた知見も図6.5に示しています。

表6.1 各テスト構成における平均前後音圧レベル差(ステージなしの構成測定値を基準として)(*ステージの高さ制限のためモデルを使用したデータ)[337]。
図6.4 各サブウーファー設置位置での前後方向でのカーディオイドリジェクションの比較(左=ステージでの有無比較、右=ステージなしの値との差)[337]。
図6.5 様々な構成におけるカーディオイド・サブウーファーの前後方向のリジェクション(モデルでの値)[337]。

ステージの構造が客席エリアでのサブウーファーシステムの指向性を低下させるのか、それとも同じような影響が場外でも見られるのか、それともより局所的な影響なのか。
この疑問に答えるには、さらなる研究が必要です。

5.6.2 章のケーススタディでは、フライングしたラインアレイから後方に放射される音響エネルギーに対して遮蔽物を設けることで (この例では輸送用コンテナを使用)騒音問題を改善できることが指摘されています。
実際にはNexo Geo-T[340]やd&b SL-series[341]のようなカーディオイドパターンのラインアレイとカーディオイドサブウーファーを組み合わせたり、L-Acoustics K1やK1-SB[342]のような標準的な広帯域ラインソースとサブウーファーアレイを組み合わせ、さらにステージ構造の一部と組み合わせて実現することができます。

輸送用コンテナを音響システム後方の場外騒音対策に使用する場合、著しい反射(スラップバック)が客席まで伝搬し、結果としてカバレージの一貫性が損なわれないように注意する必要があります。
また、わら俵や路面用のバッフルを適切な場所に設置して音が場外に伝搬しないようにすることで、ある程度の吸音・遮音効果が得られることが分かっています。
これらの方法は高周波数で最も有効な傾向がありますが、適切に配置されれば低周波数でもそれなりの効果が得られます。

5.6.2 項で紹介したケーススタディ( アムステルダム)の発展として、音響システム背面の遮音材料の有効性について、BEMソフトウェアを使用してさらなる研究が行われました。
主な結果を図6.6に示しています[338]。

図6.6 [338]のBEMベースの研究による3つの遮音材料の周波数別の有効性

輸送用コンテナを使用した場合、サブウーファ帯域(この例では40~315 Hzまで検証)で最も効果的であることが示され、次いでPAスピーカ後方のステージ機構部に直接貼り付けた18mm厚の木製パネルが僅差で続きました。
独自のモジュール式低周波数バッフル[343]は、最も低い効果でしたが、このバッフルがステージの外観を損なわないことは特筆すべき点です(バッフルは黒色でサウンドシステムの周囲に取り付け可能です)。

いずれの場合も遮蔽物をサウンドシステムのできるだけ近くに設置することで、効果が最大になることが判明しました。
ただしこのデータはBEMに基づいているため、材料特性(特にリアクタンス)が正確にモデル化されていない可能性があります。
前述のスラップバックの問題も考慮する必要があります。
[338]の研究は、様々な遮蔽材料の形状のみに焦点を当てたものです。
図 6.6 の結果が正確であることを確かめるためにはこの分野でさらなる研究が必要です。

[338]の研究から、いくつかの追加の見解を挙げておきま す。
まず遮蔽材の端部の回折効果についてです。
いずれの場合も、後方への音の放射が減少する一方で、ステージ両側への音の放射が増加しました。
この問題の解決策のひとつは、エッジを丸くした遮蔽材を採用することです。
ただしエッジを丸くした輸送用コンテナは存在しないため、現実的にはそう簡単にはいきません。
このような用途には別の構造の方が適しているかもしれません。

[338]の研究では、遮音構造物からの反射による前方方向への破壊的干渉作用によって客席エリアの音圧レベルが低下する(システム効率が低下する)ことについても言及しています。
これは客席の音質に大きな影響を与える可能性があり、騒音に対する遮音構造物を選択する際には注意深く検討する必要があります。

カーディオイドサブウーファ(または、カーディオイドパターンを実現するためのクラスタ)を使用する場合、(サブウーファをステージ下に配置する場合と同様に)遮音作用を持つ大規模な構造物の近くに音源を配置すると、カーディオイドパターンが失われます[338]。
この研究では、遮蔽物の前に置かれたカーディオイドサブウーファは無指向性サブウーファとほぼ同じ指向特性となっていることが実証されています。
騒音に対する苦情の多くは低周波数帯域に起因しているため、これは大きな問題です。
システム設計上、カーディオイドサブウーファはステージ上の音圧レベルを低減するために比較的一般的に使用されますが、大きな遮音構造物を設置した場合これにも悪影響を及ぼす可能性があります。
(特にサブウーファをフライングする場合、構造物を非常に近接し、結果としてカーディオイドパターンがより顕著に劣化します)

同様にサブウーファアレイをメインシステムのラインアレイと一緒にフライングする場合、電気的なステアリングを使用して音響エネルギを聴衆に向けて場外への放射を抑えることができます。
この場合カーディオイドサブウーファが適切です。
これは図6.7に簡単に示されています。
ステージ構造上可能であれば、[336]のアブソーブチューブを設置することで後方への放射をさらに抑えることができます。

図6.7 ステアリングなしの垂直アレイ(1メートル間隔で4つの無指向性ユニット)とステアリングありの垂直アレイの垂直カバレージパターン(左)
客席の20m地点にフォーカス、x軸とy軸はそれぞれ会場の長さと高さ(m)[117]。

屋外イベントの計画段階でこのようなごく簡単な手法を導入することで、地域住民や他の会場のエンジニアやミュージシャンからの騒音苦情が少なく、スムーズにイベントを運営できる可能性が高くなります。

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