2.2 Recreational Sound Exposure
この記事はAESによって2020年に公表されたイベント騒音と音響暴露についての文献(Technical Document),"Understanding and Managing Sound Exposure and Noise Pollution at Outdoor Events"についての和訳やこの文献を輪読する勉強会で得た知見などをまとめたものです。
2.2節ではイベントでの観客の音圧暴露についてです。
多くのイベントにおいて,イベント参加者のうちの一部だけが音圧暴露のリスクに対して懸念しており,そのうちのさらにほんの一部の人のみが聴覚保護具の装着など予防的な措置をとっているのが現状です。
2002年に行われたスイスの研究[24]では,600人の参加者のうち,イヤープラグを常用していたのは全体のたった5%,一部の間使用していた人は34%であり,残りの61%の人は一切の聴覚保護を行なっていなかったということです。しかしこのイベントの参加者のうち36%の人々は,耳鳴りをはじめとしたなにかしらの問題を訴えたそうです。ここで特筆すべきは,このイベントでは非常に厳しく音圧規制を行なっており,全ての音圧レベルは法的規制の範囲内であったほか,サウンドレベルメータを携帯した10人のボランティアの平均暴露レベルは95 dBA程度であり,100dBAを超えたのはフェスティバル全体の8%のみでした。
2.2.1 Measuring hearing damage
2015年にアムステルダムのフェスティバルで行われた研究では,4.5時間のフェスティバルに参加した後,86人のボランティアの一時的な閾値シフト(TTS)を観察しました[27]。グループの半数はイヤープラグを装着し,残りの半数は一切の聴覚保護具を着用していません。TTSテストの結果,聴覚保護具を装着したグループの8%が顕著なTTSを経験したのに対し,聴覚保護具を装着していないグループの42%がTTSを経験したことが示されました。また別の研究からは,調査対象となったフェスティバル参加者の80%がTTSや耳鳴りを経験していることが判明しています[68]。
さらに他の研究結果では,TTS はこのようなシナリオでは信頼できない指標であり,聴衆への音響暴露の影響についてより信頼できる指標として Octoacoustic Emissions (OAE) を指摘しています [29, 30]. さらに,TTSはPTS(Permanent Threshold Shift:永続的な閾値シフト)と同様に,全体として聴覚障害の信頼できる指標ではないことが研究によって証明されています[31-33]。TTS/PTSが直接関係しないのは感音性難聴(SNHL:隠れ難聴とも指定知られている)です。TTS/PTSは聴力検査で測定することができますが,これらの検査は必ずしも聞き取りにくさを反映しているとは限りません [14, 32, 34]。最も一般的なのは,聴力検査で問題がない場合でも,騒がしい環境での聞き取りにくさが報告されることです[31]。
最近の研究では,(確証はありませんが)蝸牛蓋膜が騒音暴露後の聴力を正常に戻すのに重要な役割を果たしていることが示唆されています[33]。この膜は,感覚細胞(内耳から聴覚神経を通じて脳に聴覚情報を伝える役割を果たす)の調節機能に寄与するカルシウムイオンの貯蔵場所として使用されていると考えられています[33]。高音圧に暴露されると,カルシウムイオンの貯蔵量は枯渇して感覚細胞の機能が停止し,カルシウムイオンの供給が回復すると正常な聴力が回復します。これが一時的および永続的なSNHLに関係すると考えられています。
一方,PTSは内耳の外有毛細胞の損傷を示す強力な指標ですが,神経損失が80~90%の領域に達するまで内有毛細胞(IHC:感覚ニューロンとつながっている)の損傷を示す意味のある指標にはなりません [32]。実験動物を用いた研究から,内耳の最も脆弱な部分は,IHCと感覚ニューロンの間のシナプス結合であることが示されています。このメカニズムについての理解を深めることは人間への健康への影響が大きいため不可欠です。初期の実験結果は所々で矛盾していますが,このような損傷は様々な手段で可逆的にできる可能性があることが示唆されておりこれは非常に心強いことです[32]。
観客の音響暴露に話を戻すと,全体的な傾向として(少なくともヨーロッパでは)音響システムのオペレーターは地域や国の観客暴露ガイドライン(セクション2.3で議論)を遵守していることが確認されています。問題はイベント参加者が音響暴露のリスクを知らないか,リスクに対して曖昧な態度をとっていることです。この分野では,音の暴露(特に低周波帯域)が累積的な影響を及ぼし[35],聴覚の損傷はイベントが終了するまで明らかにならない傾向がある(永久的な損傷が明らかになるには何年もかかる)[8]という問題があります。若者の視点からは,コンサートに参加することで得られる社会的/感情的なメリットは,大音圧暴露による長期的なコストへの配慮を上回ってしまいます [14] 。
2.2.2 Low-frequency sound exposure
約200Hz以上の音の長期および(または)高強度の音への暴露の影響は比較的よく知られており,職業上の騒音暴露,聴衆の音への暴露,地域騒音公害に関する規制で取り上げられています,一方,低周波数帯域(特に20Hz以下の低周波領域)の音圧暴露の影響に関する知識(および合意)は著しく少なくなっています。過去数十年にわたり,低周波音曝露の影響に関する研究はほんの一握りであり,発表された研究それぞれについても一致度はまちまちです[35-39]。
低周波数騒音(主に超低周波音)の暴露に関する初期の研究は,NASAがアポロ計画の一環としてロケットを開発する際に実施しました[36]。一般的にこの種の騒音暴露による深刻な健康リスクはないというのが彼らの調査結果でしたが,これは高度に訓練され監視された宇宙飛行士の話であり,騒音暴露を積極的に監視したり予防措置を取ったりする可能性が低い一般の人々を必ずしも代表しているわけではありません。
このレポート時点で,アメリカの大手テクノロジー企業はWHOの騒音暴露ガイドライン[1]を用いて"コンサートやスポーツイベントなどの環境において,聴覚に悪影響を及ぼす可能性のある音量をユーザーが理解できるようにする"[40]デバイス用の騒音モニタリングアプリを発表しました。これは確かに正しい方向への一歩ですが,このようなスマートデバイスのマイクがライブイベントで一般的に遭遇する音圧レベルに,特に低周波数に関して対応できるかは不明です。
低周波音の暴露に関する初期の研究以降,典型的なエンタテイメントイベントでみられるような大音圧の低周波音への暴露に関する知識はほとんどないようです。ここでレビューしている研究のほとんどは100dB程度までの暴露にのみ焦点を当てています[36]。いくつかの初期の研究では、このレベルをはるかに超える(場合によってはピーク170dBに近づく[39])実験が行われましたが,被験者の健康と安全への配慮から現在そのような研究が倫理的に行える可能性は非常に低いでしょう。しかしイベント会場では観客がかなり高いレベルの低周波音にさらされるため(しばしばピークが130dBC以上[21]),データ不足は深刻な問題です。この点については英国の「Purple Guide to Health, Safety and Welfare at Music and Other Events」[68]で取り上げられており,次のセクションで扱う予定です。
低周波音曝露の影響について得られている研究の中で,留意すべきポイントがいくつかあります。この文書の中で言及しているように,騒音に関する規制や測定方法の多くはA特性重み付けを利用しています。この重み付けは40フォンの等ラウドネス曲線の近似値であり,エンタテイメントイベントの観客が受けるレベルと乖離しています [36]。さらにA特性重み付けは実際には40フォンの等ラウドネス曲線を近似できておらず,当時のアナログ電子機器で設計できる範囲でつくられています。
近年C特性重み付けを用いたピークレベルの制限を含むようにいくつかの規制が更新されました。しかしこれらは現在のところ規則ではなく例外です。C特性重み付けピークの等価騒音レベル(LCeq,peak)は職業性の騒音暴露を扱う10/EC/2003 [41]で2003年から欧州法の一部となっています。これはその後ヨーロッパ全域の様々なイベント騒音規制(セクション4で紹介)や特定のモニタリングソフトウェア(セクション5で紹介)に影響を与えました。
これまでの研究では,dBCとdBA,またはdBZとdBAの差を低周波数における潜在的な騒音暴露(または会場外での騒音)の問題の簡単な指標として使用することが提案されてきました。これらの差のいずれかが20dBを超える場合,観客(および労働者)に対する測定不能なリスクを避けるために,低周波領域をより詳細に調査する必要があります。主な問題が低周波領域に存在することが確認された場合,ISO 7196 (1995) [42]ではこの周波数範囲を中心とするG特性重み付けが記述されています。しかしG特性重み付けは現代音楽で重要な意味を持つ30~80Hzのコンテンツを過小評価するため,単独で使用することはできないと警告されています[36]。
低周波騒音の曝露による生理的・心理的影響は興味深く,研究間で対立していることもあります。包括的なレビューが[36]に掲載されており,ある種の暴露は覚醒度を高める一方,異なる種類の暴露は眠気や認知機能の低下を引き起こすことが示されています。実験動物を使った研究では,長期間にわたって低周波音にさらされると明らかな神経障害が起こることが示されています [35, 39]。一般的な複数日の音楽フェスティバルと同程度の音にさらされた場合,回復に要する時間は数日程度であり,ほぼ毎日このようなレベルにさらされる音響エンジニアやミュージシャンにはある程度の懸念があるはずです[36]。ライブイベントにおいて低周波音はますます一般的になってきており [43],聴衆とエンジニアの双方に永久的な聴覚障害のリスクを与えないようにするためにこの業界でより理解されなければならない問題です。大規模なイベントで観客が低周波音にさらされる強度と時間を考慮すると,標準的なイヤープロテクションは低周波では効果がないことに注意することも必要です。これについてはグラウンドスタックサブウーファーシステムとの関連でセクション3.2.1で紹介する予定です。
観客の暴露に加えて,低周波音の伝搬についても考慮する必要があります。低周波音は空気や地面や近隣の構造物を通して伝搬しますが,これはライブイベントという特殊な状況においても十分に文書化されています[44-46]。これについてはセクション4で騒音規制と関連づけ,セクション5で騒音予測,測定,モニタリングと関連づけて議論します。
2.2.3 Noise vs. music induced hearing loss
最後にレクリエーションにおける音の暴露についてですが,一定少数の研究者は騒音の暴露が適切な焦点であるかどうかに疑問を呈しています [14, 47-51]。ほとんどの規制や勧告は騒音性難聴(NIHL)の予防や制限に焦点を当てたガイドラインを示しています。これは騒音暴露に関する研究の大部分と一致しており,実験室ベースのテストでは騒音暴露の影響を評価するために広帯域騒音や純音を使用しています。しかし長年にわたり少数の研究者グループは騒音と音楽の特性は特に時間的特性において非常に異なっているという点を強調してきました。
1994年に発表された研究では,96dBAのピンクノイズに続いて96dBAの音楽に暴露されたリスナーを調査しました[47]。ピンクノイズはリスナーに不快と評価され,一方音楽(同じ測定レベル)はロックコンサートにしては静かすぎると判断されました。このことから,音楽への暴露は騒音への暴露と同じくらい有害なのか,という疑問が生まれました。残念ながらこの発表以降この分野ではこれ以上注目すべき研究は行われておらず,発表された結果も疑問が多く残されています(実験の方法自体にも疑問があります)。
1994年の研究で過去の文献を検討した結果,音楽が騒音ほどダメージを与えないということが示唆されました。参加者が1時間の騒音または音楽にさらされたある研究では,音楽にさらされた参加者のTTSの測定値は騒音にさらされた参加者より9dB低くなっていました。また別の研究では,音楽によるTTSのリスクは工場での作業による騒音に比べ4~5倍も低いことが示されました。快楽的な音は不快な音よりも身体的なダメージが少ないのか,という疑問が投げかけられました。もちろんこれはまだ証明されておらず,それを裏付ける科学的根拠がないため論争の的となっています。また前述のようにTTSがSNHLとは無関係であるという事実もここでの主張が疑問視されることにつながり,この分野でのさらなる研究が必要であることを示唆しています。
NIHLと音楽性難聴(MIHL)を比較した最近の研究では,信号特性と生理的/心理的影響の違いが知られているため,娯楽イベントにはMIHLに基づく別の規制/勧告が必要であることが示されています [48, 49] 。既存の規制(セクション2.3で詳述)の多くは産業騒音暴露に基づいており [29],レジャー音響暴露に適用するのは必ずしも適切ではなく,特にそのような暴露が頻繁に発生しない場合はそのような規制はありません。このことはエネルギー的に等価な産業騒音とクラシック音楽への暴露後のTTSと回復を比較した実験から得られた知見を支持しています[52]。クラシック音楽は,同等のエネルギーのノイズよりも有意に低いTTSを示しました。もちろんクラシック音楽は一般的な音楽とは大きく異なりますが,この結果は少なくともさらなる研究の必要性を示唆しています。
"音の暴露をエネルギーの等しさだけで評価する従来のアプローチは,実際の生理学的コストについて重大な誤解を招く可能性がある" [52]。
その後の研究 [53] で,クラシック音楽とポピュラー音楽への暴露の間の TTS の違いを調査し,(予想通り)有意な差があることを発見されました。
この分野では,より科学的で偏りのない研究が必要です。これまで発表された研究では,音楽による聴覚障害の性質は騒音によるものとは異なる可能性が高く,この研究ではNIHLよりもMIHLに焦点を当てる必要があることを示しています(ただしNIHLに関するすべての研究がこの研究に無関係であるというわけではなく,騒音から音楽に置き換えた場合に結果が異なる場合があることを理解した上で検討する必要があります)。また,再生音に高いレベルの高調波歪みがある場合,聴覚に大きなダメージを与える可能性があるため,その影響も考慮する必要があります。これは特に小規模な屋内会場(音響システムに負荷がかかりやすく歪みが発生しやすい)で問題となりますが,屋外の大規模な用途でも留意する必要があります。
全体として,観客(特にステージに近い観客)は危険な量の音響エネルギーにさらされる可能性があり,特に従来の聴覚保護具では対処できない低周波の暴露は非常に問題です。次のセクションでは,この分野における既存の規制に焦点を当て,ライブイベントが一般市民が音楽を聴くことを楽しむための安全な場所であり,人生を左右する聴覚障害を発症する危険性がないことを保証するために必要な更なる考察をします。
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