屋外イベントにおける音の暴露と騒音問題についての理解とマネジメントについて
はじめに
この記事はAESによって2020年に公表されたイベント騒音と音響暴露についての文献(Technical Document),"Understanding and Managing Sound Exposure and Noise Pollution at Outdoor Events"についての和訳やこの文献を輪読する勉強会で得た知見などをまとめたものです。2022年8月末現在この勉強会は継続していますし,他の勉強会の開催も検討していますので関心がある方はご連絡ください。
ここでは細々と勉強会の進捗と内容について公開していきます。
参考文献は原著と同一番号を振るようにしていますので,適宜原著を参照ください。
意訳を含め適切にまとめていくつもりですが,筆者の至らなさで拙い記事になることも多々あるかと思います。万が一誤訳や解釈違いなどありましたら,ご連絡いただければ幸いです。
第2章はこちら
元文献について
この文献は2020年と比較的最近まとめられたもので,ライブサウンドについての騒音と音圧暴露の問題を工学的観点,心理的観点,生理学的観点,スピーカシステム構成,法令,発展的技術的内容など様々な観点からまとめられたものです。
文献自体はこちらで公開されているほか,文献の主要著者のResearch Gate にて公開されています。
内容が非常に多岐に渡るので著者も多く,研究者やスピーカメーカの技術者ら計14名によって分担で執筆されています。いわゆるReviewと呼ばれる特定分野についての研究や知見をまとめているもので,トータルで143ページ,361もの参考文献をひいているため,非常にボリューミーな内容です。システムデザインなどについては,PAエンジニアの方々からはそんなことは知っているけど今さら何なの?という内容も多いかと思いますが,騒音と音響暴露という一貫したテーマでまとめられている例は少ないため,あえて紹介させていただきます。(新規性は重視していません)生暖かい目で見守っていただければと思います。
この文献は,屋外イベントに関連する音と騒音の問題を取り巻く現状を紹介することを目的としており,主な調査対象は会場内での音の暴露と会場外の騒音です。また,この文献では会場内での音と会場外での騒音を明確に区別しており,会場内では観客,演奏者(スタッフ)は音を出している/聴きに来ていることから,会場内での問題は音の暴露とします。一方会場外の人々はイベント会場からの音を望んで聴いているわけではないため,イベント会場外での問題は騒音とします。
1章 Overview
WHOをはじめとした近年の動向
AESライブラリ(AESに入会すれば自由にアクセスできます)には,50年以上前から屋外騒音や音の暴露の問題を論じた論文がありますが,近年になってもライブサウンド業界では騒音や音の暴露の問題について普遍的な解決策や理解を提供できていません。これは非常に由々しき問題であり,半世紀もの間研究がされてきていても社会的に反映されておらず,広い理解が得られていないことになります。
近年,WHOが中心となって,客観的な騒音規制を定めるムーブメントが起こっています[1]。このうちイベント騒音に特化したセクションでは,やはり客観的な研究が実施されていないことが非常に問題となり,結果として新しいガイドラインは提示されませんでした。2018年のガイドラインでは,1999年の地域騒音に関するガイドライン[2]や2009年の夜間騒音ガイダンス[3]を引き続き使用することになっています。これはつまりライブサウンドに特化した基準や規制が作られず,それ以外のガイドラインの範囲内で取り組むことになり,現実的でない規制が適用されうることになります。
LiveDMAの見解と動向
欧州にはLive DMAという各国ライブサウンド協会のネットワーク団体があります。この団体は法的機関やライブハウス協会と協力して高品質のエンターテイメントを提供する一方で,観客の安全を確保し地域社会における騒音を最小限に抑えることを目的としています。
この団体が2019年に発表したガイダンス[4]では,「音楽は騒音ではない」ので観客の音の暴露とコミュニティの騒音の両方に対する規制に関して一般的な騒音(道路交通騒音,鉄道騒音,工業騒音,航空機騒音など)と同様に扱うべきではない(最小限の規制が適切である)としており,規制の策定に際してはライブサウンド業界での経験のある音響工学や電気音響などの専門家へ相談するべきだともしています。(もちろんある人の音楽は別の人の騒音である可能性が高いことを疎かにしてはいけませんし,ライブ音楽の社会的価値が高いからといって観客の安全や福祉的配慮を怠ることは許されません)
この団体の見解は,許容できる高い音響レベルを安全な方法で観客に届け(聴覚障害のリスクを最小限に抑え),同時に地域社会への迷惑を最小限に抑えるためには十分な事前情報に基づく適切なサウンドシステムの設計から始めるべきであるというものです。
この文献の概要
第2章:観客の体験,特に期待値(音質面)と音の暴露に関する問題(聴覚障害,循環器系,神経/心理的障害)について
第3章:健康リスクを最小限に抑えながら高品質の音を提供するためのシステム構成について
第4章:国際的,各国,各地域の騒音法について
ここでは住宅地ではどの程度の騒音が適切かについて,包括的な同意が得られていないことについても議論しています。音楽を考慮した規制の例はほとんどない,A特性重み付けを使用しない規制はさらに少ないといった話もしています。(A特性重み付けはライブサウンドには必ずしも適切ではありません)
第5章:騒音測定/監視に関する規制や規格の概要説明と,予測を含めた手法の概要
この章では会場周辺地域の騒音規制とどのように折り合いをつけるか,規制に従っても問題が解決しそうにない場合についての考察をしています。また一般的な騒音モニタリング(サウンドレベルメータベース)と最新の騒音モニタリング(より"intelligent"なソフトウェアベース)の両方を検証し、どのように騒音をコントロールできるかを解説しています。また情報を伝達する騒音(音楽など)による公害を定量化することでどのように対処できるかをケーススタディを含めて解説しています。
第6章:騒音を抑制するための発展的な方法
騒音を抑えるための会場構成の例や,低周波数の会場外への"漏れ"をキャンセルするためのいわゆる"アクティブノイズコントロール"の近年の進展が解説してあります。
第7章:屋外イベントによる音の暴露と騒音のコントロールに関する包括的なガイドラインを作成する際に考慮するべき問題について
この文献の残りの課題とも取れます。
特にHealthy Ears, Limited Annoyance (HELA) Initiative と仮称するライブサウンド騒音のイニシアチブを形成するための提案が第7章の最後に詳述されています。ライブサウンド分野での規制を国際的な規模で変更することにつながるとは(少なくとも近い将来に)考えにくいため,必要に迫られて組織された自主的規制団体のようです。
文献中の各所で商用製品に言及していますが,これらの製品を推奨するものではありません。
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