金管楽器を科学する〜息の音の正体はエッジトーン(のようなもの)だった?〜
これまで【金管楽器の発音メカニズム】に関して何度か記事を書いてきましたが、具体的にどのような方法で【音の高さを変えているのか】については納得のいく説明をできずにいました。
しかし、記事を書くことで自分の中での理解が深まり、ついに納得のいく説明方法が見つかったので解説していきたいと思います。
1.一般的な「金管楽器の音の出る仕組み」の解釈
まず、一般的に言われている金管楽器の音の出る仕組みについておさらいします。
①息を吐く
②唇が振動する
③唇の振動によって楽器の中の空気が振動する
このように説明されます。
金管楽器は同じ運指で複数の音を出すことができますが、一般的な説明では「どのように音の高さを変えているのか」について述べられていません。
教則本やプロのレッスンに行くと、高い音を出すために次のように指導されます。
・アパチュアを狭くする
・息のスピードを速くする
・口の中を狭くする
・舌の位置を移動する
しかし、これらの身体操作をすることによって具体的にどのような物理現象が起きて音が高くなるのかについては、残念ながらきちんと説明することができていません。
そこで、今回はさらに一歩踏み込んで【具体的にどのような物理現象によって音が高くなるのか】について解説していきます。
2.唇が振動するトリガーになるのは息の音である
金管楽器は同じ運指で複数の音を出すことができます。
例えば、一般的なB♭管のトランペットではこのような音を出すことができますが、一番下のB♭を出す時とその一つ上のFを出す時で何が違うのでしょうか?
答えは簡単です。
・楽器からB♭の音を出す時には息でB♭の音を出している
・楽器からFの音を出す時には息でFの音を出している
これだけです。
但し、息でB♭やFの音を出すのは【音の出だし=唇が振動する瞬間】または【音が変わる瞬間】だけであり、同じ音を長く伸ばす場合は息で同じ音が出る状態をずっと維持し続ける必要はありません。(動画では息で同じ音が出ていることが分かりやすいように、敢えて同じ音が出る状態を維持しています)
この件については別の動画で詳しく説明しますが、非常に重要なことなので必ず覚えてください。
3.息の音はエッジトーン(のようなもの)
では、息の音はどうやって出ているのでしょうか。
それは、エッジトーンに近い現象だと考えています。
エッジトーンとは?
エッジトーンというのは、狭い隙間から出た細い息の束がエッジ(尖った物体)にぶつかった時に発生する音のことです。
リコーダーやフルートの音がエッジトーンと言われています。
息の音を出す時に、このエッジトーンと【同じような】現象が発生していると考えています。
【同じような】という言い方をしたのは、息の音はリコーダーやフルートのようにはっきりとした音にはなっていません。
なので、あくまでも【エッジトーンと同じような】現象によって【特定の周波数が強く出た雑音】と考えています。
エッジトーンの特徴
エッジトーンの特徴のうち関係するものを簡単に説明すると
①空気が狭い隙間から出た細い息の束がエッジに当たっている
②息の出口からエッジまでの距離(d)が短くなるほど音が高くなる
③息のスピードが速くなると音が高くなる(ただし数セント上がる程度)
この三つのうち、特に①と②が非常に重要です。
上記の②に関しては下記の動画がわかりやすいです。
4.エッジトーンを人体に当てはめて考える
では、具体的に人体においてどのようにエッジトーンが生まれるのでしょうか。
これはまだ仮説の段階ですが、【口蓋舌弓】という部位がエッジに相当すると考えています。
①喉や口の中の一部を狭くする
②狭い隙間ができることで細い息の束が生まれる
③細い息の束が口蓋舌弓に当たり、エッジトーンと同じ現象が発生する
④息の音の中の特定の周波数が協調される
このように考えると辻褄が合います。
試しに以下のように息を吐きだしてみてください。
【実験1】
①喉の一部を狭くして息を吐く
②喉から出てきた息が口の奥の方に当たるように吐く
③喉から出てきた息が口の奥に当たらないように、前の方に息を吐く
如何でしょうか?
②の時の方がはっきりとした息の音が聞こえるはずです。
【実験2】
①喉から出てきた息が口の奥の方に当たるように吐く
②喉の一部を狭くして息を吐く
③喉を可能な限り広げて息を吐く
如何でしょうか?
②の時の方がはっきりとした息の音が聞こえるはずです。
以上の二つの実験結果を見ると、【喉の一部を狭くすることで細い息の束が生まれ、エッジトーンと同じ現象が発生している】と言っても良さそうに見えます。
5.音の高さを変えるには
息の音がエッジトーンと同じ原理だとすると、音の高さを変えるには【細い息の発生する場所】と【エッジ】の距離を離せば良い、ということになります。
人体において【エッジ=口蓋舌弓】の位置は変えることができないので必然的に【細い息の発生する場所】を変えることになります。
つまり、
・喉の奥の方を狭くすると低い音が出る
・喉の上の方を狭くすると高い音が出る
ということです。
試しに、息の音だけで確認してみてください。
喉の奥の方を狭くすると低い音が出て、上の方を狭くすると高い音が出ることを確認できると思います。
MRI動画で確認
ホルン奏者のSarah Willisさんのチャンネルで公開されている、ホルンを吹いている時の状態をMRIで撮影した以下の動画をご覧ください。
こちらの動画の【空気の通り道】と【口蓋舌弓】に注目してみてください。
低音→高音になるにつれて【細い息の発生する場所からエッジまでの距離】が短くなっているように見えないでしょうか?
【低音】
【中音】
【高音】
高い音を出す感覚が人によって異なる理由
高い音を出す時に意識していることが、人によって
・口の中を:狭くしている ⇔ 狭くしていない
・舌の位置を:大きく変えている⇔大きくは変えていない
のように考え方が全く異なるどころか反対の意見が出てきます。
一流のプロ奏者ですら意見が分かれている状況なので、アマチュアの奏者はどちらを信じてい良いのかわからなくなってしまいます。
私の考えでは、
・高音域を出す時の【細い息が生まれる場所】の作り方が大きく分けて二種類ある
・【細い息が生まれる場所】を作るための手段が異なるだけで、どちらが正解でどちらが間違っているという話ではない。
と思っています。
【パターン1】
舌を全体的に後ろに下げることで舌の奥で狭い空間を作る。
こちらのパターンの場合は、
・口の中は狭くしていない
・舌はあまり動かない
という感覚になると思います。
【パターン2】
舌を全体的に上に持ち上げつつ下げることで狭い空間を作る。
こちらのパターンの場合は、
・口の中を狭くしている
・舌は動かしている
という感覚になると思います。
二つのパターンのうちのどちらがやりやすいのかは、その人の
・骨格
・舌の形状
・アンブシュア
などの条件によって決まるのではないかと思っています。
【口蓋舌弓の近くで細い息の束が生まれるように】という目的が達成できればどちらでも良いわけです。
細い息の発生する場所は複数作らない
例えば【喉の奥の方】と【喉の上の方】の二か所同時に狭くしたりするとエッジトーンが奇麗にならずに楽器からもおかしな音がでてしまうので注意が必要です。
~~~~~~~2024/12/3 追記~~~~~~~
6.意図的に唇の状態を変えて音を変えることも可能ではある
ここまで、楽器からB♭の音を出すには
①息でB♭の音を出る状態で息を吐く
②唇が自動的にB♭の音で振動する
という説明をしてきました。
しかし、さらに調査をしたところ【息で音が出ていない状態】で【唇の状態をコントロールすることで任意の音を出すことも可能】ということが判明しました。
唇で音を変えるとは?
そのまま【唇の状態を操作して音の高さを変える】という意味です。
ただ、単純にアパチュアを閉じたり唇を引っ張ったりするわけではなく【どうやっているのかを人に説明するのが非常に難しい】です。
実際にできるようになってわかりましたが、この奏法の場合
・口の中の状態は音の高さに関係ないので常に口の中を広くしたまま吹ける
・明るくマイク乗りの良さそうな音ではあるが、ホールでクラシック系の音楽を演奏する場合深みが足りないと感じる可能性がある
ようです。
両方の奏法のいいとこ取り
恐らく、世界的なプロのプレイヤーは【息で音の高さをコントロールする奏法】と【唇で音の高さをコントロールする奏法】のいいとこ取りをしているのだと思います。
この辺りは詳しいことが分かり次第別途記事にします。
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如何でしたでしょうか?
今回は、息の音の発生するメカニズムは【エッジトーンと同じ現象ではないか?】という仮説に関して解説してみました。
この仮説に関しての感想・ご意見お待ちしています。
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