自販機と遊ぶ
自販機は楽しい。
私は自販機について何も知らないが、一つだけわかっていることがある。
それは、自販機によって飲み物の値段が変動するということである。
何故そうなのかは知らない。
これについては、このあと気が向いたら調べておくこととするので、とりあえずおいておこう。
諸君は自販機の値段を気にしてみたことはあるか?
無い……といったことは無いと思う。
例えば旅館や遊園地、山、海、そういった所の自販機をみたことはないか?
そして、「うわー! 高い!」と思ったことはないだろうか。
余程のブルジョワではない限り、誰しも一度くらいは経験していることだと思う。
かく言う私もその一人である。
そう、私は貧乏性である。かといって真の倹約家でもない。
今の御時世、多くの人が本当の倹約に勤しんでいると思う。ただ、それと比べると、私は物臭であるため、せいぜい1㎜倹約といったところである。
例えば私は一応、コンビニへは滅多に行かない。
出先で喉が乾いても、スーパーが見つかるまで多少我慢する。
残業で帰宅が24時テッペンになったときも、コンビニで夕飯を調達したりしないで、なるべく家にあるものを食べる。
コンビニに行くのは、たまにホットスナックを買ったり、切らした切手を買いに行ったりするぐらいである。
そんな私は、もちろん自販機で飲み物を買うということも滅多にしない。
積極的に買うのは猛暑日に水分を切らした時だろうか……。
なので、これまでの話を聞くに私は自販機とは縁がないとお思いだろう。
意外とそうでもないのである。
2010年代のある冬のこと。
貧乏学生であった私は、お金がないため恋人と散歩をしていた。
私と恋人には、潤沢な体力と時間があったが、遠出するようなお金だけなかった。
なので、暇さえあれば宛もなく2人で散歩していたのである。
恋人のアパートがあった国分寺は、ブラブラするにはとてもいい街であった。
少し細く道がねじれていたり、綺麗な緑道に出たり、すごい傾斜の坂道があったりと見飽きなかった。
私達はいつものように散歩に出かけた。
確か目的はなかった。
あったとしてもせいぜい古本屋を冷やかすといった程度の目的だったであろう。
その日は寒かった。
恋人と一緒に歩きだしてすぐ、ふと自販機が目に入った。
「コーンポタージュ」
麗しの響きであった。
寒い身に温かくしみることは絶対であった。
ただ、大きな問題が一つあった。
「130円……」
お金がないから散歩しているくらいである。貧乏学生にとって、自販機という贅沢品に出す130円は大金であった。
私は後ろ髪を引かれながら自販機を後にした。
しばらくすると、別の自販機が顔をのぞかせた。
もちろんさっきと同じ種類のコーンポタージュもあった。
「あれ、こっちは120円だ」
私が初めて、自販機の価格を意識した瞬間である。私は、これはもしや……と思った。
私は共に行く宛のない散歩をしている恋人に、ゲームを持ちかけた。
「自販機で一番安いコンポタを探そう」
これが自販機遊び、名付けてコンポタチャレンジの誕生である。
私達はよく晴れた真冬の寒空の中、自販機を見つけては値段を眺める遊びをした。
当時コーンポタージュはだいたい130円だった。
いくつもの自販機をスルーした。
120円のコーンポタージュはたまに見つかるが、なかなかそれ以下が見つからない。
コンポタチャレンジは意外と遊び甲斐があった。
中央線一駅分くらい歩いただろうか。
疲れた私達は帰路に別の道を選んだ。
寒くてだんだん口数も減ってくる。
真冬にコンポタを探して散歩をするだけ。
気持ちは楽しいが身体は冷えゆくばかりである。
帰り道のとある自販機。ついにそれはいた。
コーンポタージュ110円。
私は、コンポタチャレンジに若干飽きて先に行っていた恋人を呼び止め、自販機を見せた。
そしてなけなしの小遣いから、110円を出して一本だけコーンポタージュを買った。
小さいけれど、コーンポタージュはとても温かかった。
久々に持ったスチール缶の硬さは手に馴染まなかった。
でも、それを抱えているとワクワクする達成感があった。
私はそれを恋人と分け合いながら帰路についた。
一本のコーンポタージュはすぐになくなった。
でも、楽しかったという思い出だけは、強く私の中に残った。
そして先日のことである。
私は自販機を見つめていた。
自販機限定「三ツ矢ヲレンジ」がある。
私は以前にこのジューズを見かけてからというものの、飲んでみたくてしかたがなかった。
「140円……」
私は相変わらずだった。
一緒に買い物に来ていた家族は、「買えばいいじゃん」と呆れている。
でも、やはり自販機は高すぎる……。
私は後ろ髪を引かれながらその自販機を後にした。
用事を済ませた帰り道。
私は別の自販機が目に入った。
三ツ矢ヲレンジ110円。
私は慌てて家族を呼び止めた。
「見て! 安い! 買う! 待って!」
私は慌てて小銭を自販機にねじ込む。電子マネーは非対応だった。
自販機に小銭をいれるのは久しぶりのことだったので少しもたついた。
ガチャガチャに一つずつ100円玉を入れるような緊張感もあった。
私はコンポタチャレンジのことを思い出していた。嬉しくてわたしはその場で三ツ矢ヲレンジの写真を撮った。
モタモタしている私に呆れて果て、家族は先に行っていた。
「ねえ、あのときのコンポタ覚えてる?」とは聞けなかった。
炭酸の三ツ矢ヲレンジを慎重に持ちつつ、私は慌ててどんどん行ってしまう彼を追いかけた。
そしてプシュ!と缶をあけ、二人でちびちび飲みながら帰路についた。
自販機の写真は撮り逃した。
どんどん先に行ってしまう家族に、私は来た道を戻って自販機の写真を撮りたいと言いたかった。
でも私達には、自販機の写真のために、来た道を走って引き返す溌剌さがもうない。
もう2024年、ちょっとオトナになりすぎてしまったようだ。