LAST GAME -ラストゲーム
選手宣誓
「ぼくたち選手一同は、せいいっぱい、戦うことを、ちかいます」
どなるような大声で、東町スターズのエース、川口ケンが選手宣せいをしている。秋の日差しにケンの白いユニフォームがまぶしい。
その姿を見つめながら、ぼくは自分にいい聞かせるようにつぶやいた。
(これがほんとのラストゲームなんだ。がんばるぞ)
秋の小学生野球大会開会式に、千曲川べりのグランドは、応援のお母さん、お父さんがたくさん集まっている。
六年生のぼくには、最後の野球大会になってしまった。
もうすぐ、ぼくたち北町オリオンズと優勝こうほの東町スターズの試合が始まる。胸のあたりが固くなるようなきんちょうを感じて、今までのことが次々と思い出された。
今年の夏
ぼくは全くついていなかった。夏休みの初めに、市内の野球チームが全部集まる市中大会がある。一番大きな大会なので、どのチームもこの大会を目標にしている。
夏休みの一日目、大会の一週間前なので、となり町のチームとの練習試合があった。試合中ヒットを打って力いっぱい走り出した時、左足のつけねがズキンと痛んだ。
(おかしい、どうしたんだろう)
一塁に立ちながら足の痛みが気になった。
それでもすぐに二塁に盗塁した。
「いいぞぉー。運動神経抜群!」
「北町オリオンズのピカ一の足」
仲よしのコウやタケが叫んだ。小さいけれど、ぼくは走るのがとくい。
盗塁数はチームでナンバーワン。
トップバッターの役めをはたしている。
そのあとキャプテンの明が大ヒットを打ってくれたので、ゆうゆうホームインできた。
でも走り終えてもズキン、ズキンと痛みが続いていた。
試合は4番バッターのダイがホームランを打ったりして、5対2ですんなり勝った。
「来週の試合もこの調子でいくぞ!」
いつもきびしい監督が、笑顔できげん良くいった。
「オーッ」
みんなもガッツポーズで元気よく答えた。
でもぼくはコウと帰りながら左足の痛みが気になった。
そういえば、前の日体育の時間に走ったときも変だった。
でも走らないと痛くないので忘れていた。
不安がおしよせてきたが、いつかお父さんが運動して足が痛くなったとき、「筋肉痛だからじきなおる」といったのを思い出した。
(だからぼくも二、三日たてばきっとなおるな・・・)
気にしないようにしてねた。
ところが次の朝になっても…
歩くと痛い。
「どうしよう。来週は試合なのに」
お母さんにいおうかと思ったが、試合に出られなかったらどうしようと思うといえなかった。
遊びのさそいも断って一日中家にいた。
中二のねえちゃんがふしぎがって、ぼくの部屋をのぞいた。
いすにすわっていると痛くない。
ちょっと期待して、歩き出すとやっぱり痛い。
何度もうろうろ部屋の中を歩いた。
夕方になった。悪い病気でこのまま歩けなくなったらどうしよう…いつか雑誌で見た、一生歩けなくて車椅子の生活になったりしたら…ぼくは決心して、お母さんにいった。
「足のつけねが痛いんだ」
「ええっ、ほんとなの。だってきのうも元気よく遊んでいたじゃない」
「きのうから痛かったけど筋肉痛だと思っていたんだ。でもずっとなおらなくて…」
ぼくが足をひきずってやっと歩くのを見て、お母さんはあわてた。
「困ったわ。もうこんな時間だから、明日お医者さんに連れていくわ」
翌日の朝になって
朝、お母さんは病院につれていってくれた。
おそるおそる診察室にはいると、ハゲだメガネのお医者さんは、レントゲン写真をとるようにいった。
ひんやりしたレントゲン室のベットに寝ると、機械が迫ってきた。
(こわい!つぶされる)
と思ったとき、終わった。
お医者さんはレントゲン写真をみながら説明してくれた。
「ほら、この関節は黒ずんでみえるね、これは炎症をおこしているんだよ。使いすぎかもしれない。股関節炎で三週間は安静だね」
「えっ、そんなに」
かすれた声がうめくようにでた。
(うそだ、うそだ。これは夢なんだ)
頭の中で声がする。
「先生、来週野球の試合なんですが、だめですよね」
つきそってきたお母さんが、それでもという顔つきでいってくれた。
「ムリだね。使えばなおすのにもっと時間がかかるよ。静かに勉強でもしているんだね」
お医者さんは表情も変えずにいった。
ぼくはしばらく立ち上がれなかった。
かしてもらったまつば杖をついて診察室を出ると、待合室のばあちゃん、じいちゃんたちが気のどくそうにぼくをみた。
初めて使うまつば杖でぎこちなく歩きながら心の中で叫んでいた。
(こんなのぼくじゃない。市中大会で先輩たちのようにヒットを打つのが、前からのぼくの夢だったんだ。)
野球チーム
小二から野球チームに入って、球ひろいから始めたっけ。
三、四年だって練習だけ。ずっと先輩の試合をみて、いつかはぼくだってと思い続けてきた。
五年生でやっと補欠。
六年生になって大いばりでレギュラーで出られるようになったのに。一番大切な試合に出られないなんて。
「どうして痛くなったらすぐいわないの。お前はいつもがまんするんだから。早く行けばもっと早くなおったかもしれないのに」
帰りの車で、お母さんも沈んだ声でいった。
野球の試合はまっ先に応援にくるから、来週も楽しみにしていたかもしれない。
その翌日の朝練
朝の練習にまつば杖で行くと、みんながおどろいて回りをとりかこんだ。口々にどうしたのか聞く。
「関節炎だってさ。しばらく休むよ」
「しばらくって、来週の試合は?」
コウが心配そうに聞いた。
「だめ・・・かもしれない」
ぼくはやっと声を出した。いいたくなかった。
「うそだろ、そんなこと」
タケがおどろいていう。
「無理しても出てくれよ。市中大会なんだぜ。」
いつもえらそうな明がたのむようにいった。
「そうだよ。ハルキがいなくちゃ困るよ」
ダイがつめよってきたとき、監督が来た。
監督はお父さんの友だちで、同じ早起き野球のメンバーだ。
「ハルキくん、関節炎だってなあ。お母さんに聞いたよ。君がいないと困る。ケガも実力のうちだからな。早くなおしてくれよ」
監督に肩をたたかれるとつくづく自分の足がなさけなかった。
ますます気分はおちこんでいく。
「さあ、練習するぞ」
監督のことばに、みんなぼくの方を見ていたが、走り出した。
ぼくはみんなの練習を見る気がしなくて帰って来てしまった。
それから、1週間
薬のおかげで痛みはやわらいだが、まだ足が重い。
なおったといって試合に出ようかと何度も思ったが、ムリすると長びくというお医者さんのことばを思い出してやっとがまんした。
とうとう試合の日がきた。
「どうする、ハルキ。行ってみる?」
お母さんが聞いた。
ぼくは行きたいけれど行きたくない複雑な気持ちだった。
結局お母さんの車にのせてもらって市営球場についた。
ちょうど試合が始まったところだった。
ぼくがまつば杖をついているので、応援のお母さんたちはびっくりしたらしい。
「どうしたの」「どうしたの」と口々に聞いてくる。
ぼくのかわりにお母さんが何度も説明していた。
相手チームは東町スターズ。
ピッチャーは同じクラスの川口ケン。ケンもぼくも運動がとくい。
一年生のときからのライバルだ。
ケンだけ背が伸びて、ぼくよりずっと高くなり、体も大きくなった。
走るのも早くて去年ぼくと同タイムで、二人でリレーに出た。
パワーがあるのでストレートの速い球でせめてくる。
ぼくのかわりに6年生で一人だけ補欠のカズが出ている。
おとなしくて練習はまじめなのにいまいち鈍いやつ。
「いけるぞー」
先取点をとったこともあって、みんなおせおせムードだった。
ところが三回でぼくのかわりにファーストに入ったタケが、とったのにタッチしなかったのでセーフに。
そのあとケンとバッテリーを組んでいる、体も大きく力もあるキャッチャーの中村がセンター前へのするどいヒット。
タケのあとをうめた補欠のカズがトンネルしてあっという間に同点。
だからあいつじゃだめなんだ。
「カズ、しまっていけー」
ぼくは思わず大声をだしていた。
そうなるとピッチャーの明がどうようしていつものストライクが決まらない。初めてフォアボールをだした。
そのあとまたセンター前へ打たれた。
カズは走ったが、グローブではじいてまた1点追加されとうとう逆転。
向こうのチームの応援はもりあがっている。
(カズ、とれよあんなの。毎朝六時から暑い中、何のためにノック何十本もやったんだよ)
ぼくはすわっているいすの手かけを力いっぱいにぎりしめた。手が汗でしめっている。
そのとき同じクラスの杉山エミが友だちをつれてこっちにきた。
弟がチームにいるから応援に来たらしい。
ぼくをみて目を丸くした。
「ハルキくん、どうしたの。どうして試合に出ていないのかなあと思ったわ」
「うん、関節炎で・・・」
「残念ねえ、ハルキくん出てれば勝てるかもしれないのにね」
ぼくは出られないくやしさで頭がいっぱいだったので、
そのことばがうれしくなかった。
かえってエミにこのみじめな姿を見られたくなかった。
いつもは夢中で試合に出ていたので、見ているだけがこんなにいごこちの悪いものとは知らなかった。
補欠のカズはいつもこの気持ち味わってたのか。
こちこちになって守っているカズが見える。
監督がぼくをチラッと見た。
ぼくだって監督以上にくやしいんだ。思わず唇をかみしめた。
試合はもう最後の回だった。
「三人で片づけようぜ」
なめてかかって中村が叫んでいる。次のバッターはコウだ。
「コウ、一発うてー」
ぼくも声をかぎりに応援したのに、コウは追いこまれてボール球をふってピッチャーゴロでアウト。
相手ピッチャーのケンは調子にのって速い球でせめてくる。
次のタケがやっと一本ヒット。
でも次のカズがゲッツーをとられて終わってしまった。
「がんばれー」の声がため息にかわった。
(負けちゃったんだ)
ぼくは力がぬけてすぐには立ち上がれなかった。
「ここにきてみんな並べ。今の試合はせいいっぱい戦ったと思うか」
監督が珍しく声をあらだてておこっている。
ぼくのいないチームがどんどん勝ち進むのもしゃくだけど、ライバルのケンと態度のでかい中村に負けたのがくやしい。
そして何よりも大切な試合に出られなかった自分に対するくやしさがどんどんふくれあがってきた。
「お母さん帰るよ」
ぼくはおこって、まつば杖をついてヒョコヒョコ歩き出した。
「待ちなさいってば」
お母さんがあわてて追ってきた。運転しながらお母さんはしみじみといった。
「残念だったねえ。負けたのも残念だけどハルキが出られなくてもっと残念。だって二年生からずっとベンチで試合みてて、やっとレギュラーで誰にもえんりょなく出られるようになったら関節炎なんて・・・」
もう十分わかっていることをいうので、ますますぼくはイライラした。
なぐりたくなったががまんして一言だけいった。
「もう一回試合がある」
「ああ、秋の大会ね。その時にはがんばらなくちゃね。最後だもんねえ」
試合から二週間後
二週間たって、夏休みが終わり、あしたから学校という日、病院に行った。痛みはとれたがまだムリはできないといわれて、朝だけ学校へ送ってもらうことにした。
それから、また一週間後
担任の先生がいった。
「明日は、タイムをとって、リレーの選手を決める」
お医者さんの話では、あと二日くらいは走るのはやめた方がいいという。
まさか先生にリレーの選手を決めるのは、あと二日待って下さいともいえずに、お母さんにまだ走れないと手紙をかいてもらった。
「あーあ、運動会の最大の楽しみがなくなっちゃうわ」
お母さんは残念そうだった。
ぼくの方がもっとくやしいけど、だまっていた。
「いいじゃないの、もともとおそかったと思えば」
ねっころがってテレビを見ているねえちゃんが、あっさりという。
思わずけとばしたくなった。
体育の時間、ケンはゆうゆうトップで走った。
ぼくはなおったら、きっとケンを追いこしてやると固く心にちかった。
結局リレーはタイムなしで、出られなかった。
関節炎がなおってから、ぼくはだれよりも早く練習に行き、おそくまで練習した。補欠のカズが気になって、こっちから話しかけるようになった。
意外にファミコンで話が合うことがわかり、何度か家にも遊びにきた。
今日は、LAST GAME
今日はやっと、ぼくにはまさにラストゲーム。
最後の試合に出場できたのだった。
開会式が終わって、試合が始まった。
「お願いしまーす」
大声がひびく。
一列に並んだ相手チームは市中大会で負けた東町スターズ。ライバルのケンがいる。えらそうな中村もいる。
「しまっていこうぜー」
「オーッ」
アキラの、その声にみんなで円陣をくんだ。
プレーボール。
「ワーワー」
われるような声援がおきた。
アキラのストライクがビシッ、ビシッときまる。今日は調子よさそうだ。
キャッチャーのダイから、ファーストのぼく、セカンドのコウ、サードのタケにボールが回った。みんな気合い十分だ。
相手チームが三者凡退だった一回のうら、トップバッターのぼくが出ていくと、応援の声が一だんと大きくひびいた。
「ワーワー、ハルキ、打てー」
ひふがあわ立つような緊張感。
二、三回すぶりをすると、それはよし打ってやるぞという固い決意にかわった。ケンをにらみつけた。
ボールが続いたあと、いい球がきてふったらファールに。
また、ボール。結局フォアボールで一塁に出た。
「何でもいいんだ、塁に出れば」
コウのお父さんが叫んでいる。
続くバッタータケがヒットを打って、ぼくはすでに二塁まで行っていたので、先取点をあげた。
エミが応援に来て拍手しているのがわかった。
気持ちがすうっとした。
チェンジして二回表、ケンと中村にヒットを打たれ、アキラが乱れ始めて、コウのエラーで3点やってしまった。
四回うらにやっとダイが三塁打を打って、一塁にいた明が一点返した。
でもその後が続エミくて、ダイは残塁に終わってしまった。
五回の表が終わって、4対3で負けている。
もう最終回になっていた。
コウとタケがヒットを打って塁に出たのに、あいにく下位打線、続く二人がアウトになってしまった。ツーアウト、二、三塁で、ぼくに打順が回ってきた。
「ハルキ、がんばれー」
みんなの声援が荒波のようにうねる。
「思いきっていけ」
監督が肩をたたいた。
カズがいった。
「ハルキくん、たのむ」
うなずいたが、ひざが細かくふるえている。
ぼくは市中大会に出れなかったくやしさと、5年間やってきたすべてをカズの分までここでぶっつけようと思った。
リレーでケンにくやしい思いをしたこともよみがえった。
(これが最後なんだ。だれよりも練習したんだぞ。負けるもんか)
ゴクンとつばをのみこむと、ふしぎにおちついた。
ケンの球が来た。
速い。
思いきりふる。
ボールはかすっただけのファール。
でも、おちついたせいか球がよく見える。
二、三球め、はずれてボール。
ぼくは集中して待った。
ワンツーからきたどまん中の直球。力いっぱいふった。
カッキーン!
バットのしんにあたった打球はショートの上をライナーでぬけていった。
大歓声がわきおこった。夢中で走った。
コウとタケもホームインした。
逆転サヨナラ勝ちだ。
仲間が、お母さんたちが、総立ちでとびあがって喜んでいる。
ぼうぜんとするとする相手ピッチャーのケン。
マスクを投げ捨ててくやしがる中村。
とうとう勝ったんだ。
「やったな、こいつ」
アキラがぼくの頭をたたく。
コウにも、タケにもダイにももみくちゃにされた。
カズもみんながだんごのようにくっつきあって、たたきあって大声をあげた。
「ウオーッ、ウオーッ」
監督がわらっている。
汗のしみこんだ緑のユニフォームでグランドを走った。
あいさつに並んだケンが手をだした。
しっかり握り返した。
ケンは泣きそうな顔で笑った。
ぼくが中村に手をだした。
中村はバカ力でぼくをひっぱったから、思わずよろめいてたおれた。
のしかかってきた中村をなぐろうと手を上げたが、中村の目は笑っていた。
「今度は中学だぞ」
みんなと応援席にあいさつするために走りながら、満足感がこみあげてきた。野球のすきなやつとずっと野球できてよかった。