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もう どこまでも歩いていける #買ってよかったもの

 かたちと軽さが好きで選んだプレーントゥ。けっこう難ありのわたしの足をやさしく包んで、くるぶしもアキレス腱も指の付け根も痛くない。でも、たくさん歩くと疲れてしまう。そんな靴だった。

 今では仕事にも履くし、遊びに行くときも旅行でも履く、お気に入りの一足になった。どれだけ歩いても、足は痛くならないし、疲れない。変わったのは、3年前。ぜんぜん違う靴を買いに出かけたのがきっかけだった。

 

 
 ネイビーの甲にシルバーが効いたウィングチップ。同僚が光沢のあるバルーンスカートに合わせていたのは、コロンとした愛らしい靴だった。
「靴、素敵ですね」
 そう語りかけると、彼女は花が咲くように笑った。
「ありがとう。これね、いいんですよ、ほんとに! 合う靴がなくて困ってたんだけど、私、この靴を履くようになってから、どこまでも歩けるような気になるの」
 彼女から教えてもらったのは、デパートに店舗を構える、名前を聞いたことのない靴屋さんだった。

 広大な靴売り場を突っ切った一番奥に、その店はひっそりとあった。並んでいる靴は30種類もないかもしれない。カウンターの向こう側には薬局の調剤室みたいなガラス張りのちいさな部屋があって、見たことのない大きな機械が何台か置かれている。まるで工場内の研究室ラボみたい。“店内で加工できる”という即時性も、きっと客へのアピールポイントなのだろう。

 靴下を脱いでサイズを測ったり、加重のバランスや歩き方のくせを調べたり、長い時間をかけてカウンセリングをしてもらってから、シューカウンセラーが「お客さまの足に合う靴は…」と何足か出してくれた靴を履いてみたものの、気に入ったデザインのものがない。同僚の履いていたデザインと同じものをリクエストしたら、「お客様の足型ですと、こちらのほうが」と違う靴を勧められた。

 悩む。
 とりあえず、無難で仕事に使えるウェッジソールのパンプスをひとつ買おう。でも、それじゃ楽しさに欠ける。でも、薄給のわたしが気軽に2足も3足も買えるお値段ではない。

 考えこんでいたら、彼は言った。
「今お使いの靴に合わせたインソールを、お作りすることもできますよ。お客様はアーチが高いので、それだけでもずいぶん歩行は楽になるかもしれません」
……それだ!

 

  

 他の買い物をして戻ってきたら、出来立てほやほやのわたしのインソールを手に彼が出てきた。
「おかえりなさいませ」

 受け取って帰れるかと思いきや、彼はわたしに座って靴を脱ぐよう促した。その日わたしが履いてきたプレーントゥにインソールを入れて、わたしの足を靴へ導き、魔法のような手つきで靴ひもを結んだ。
「お立ちください。ちょっと歩いてみましょう」

 立ち上がった瞬間、目を見開いた。違う靴だ。まったく新しい感覚。つま先の余裕以外は、土踏まずも甲もかかともすべて、真空パックされているかのようなフィット感で、靴のなかで指以外は動かない。
 シューカウンセラーは通路の突き当りにしゃがみ、歩くわたしの足元をじっと観察している。3店舗ぶんを歩いて彼のしゃがむところまで戻り、彼がいいと言うまで、また歩く。足がすいすい出る。もともと軽量だった本革のプレーントゥがもっとずっと軽く感じられて、同僚のことばが蘇ってきた。
―――どこまでも歩けるような気になるの。

 3往復すると、彼は歩いた感触を尋ねてから言った。
「足首のぐらつきもないですし、X脚気味だった足元も矯正できてますね」

 

 

「水野さん、ALKAへ行ったんでしょう? どうでした?」
 翌朝、店を教えてくれた礼を言おうとしたら、先に彼女が口を開いた。彼から紹介のお礼の電話が入ったのだという。
 大きなデパートの片隅にひっそりとある小さなちいさな店だけれど、リピート客からのクチコミで広がっていくのだろう。感動と感謝を伝えたら、彼女はいっしょに喜んでくれた。

 当時はデパートへ行ったことすら職場では話しにくいようなご時世だったけれど、昨年からは大手を振って旅に出られるようになった。
 長時間履くと疲れてしまうプレーントゥは、今ではわたしの一番の相棒になったし、愛用のスニーカーは中敷きを剥がし、そのインソールを入れ替えながら履いている。1日1万歩以上歩いても、まったく疲れない。今では靴に悩んでいたのが嘘みたいな日常を送っている。

 時おりメンテナンスに店へ立ち寄りながら、次に訪れるときは、もうひとつ同じインソールを作ろうと、こころに決めている。
 そのインソールはわたしに羽根を授けてくれたから。

 

 

 
 



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水野うた
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!

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