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vol.4 タピオカミルクティの微笑み

黒光りした丸顔のタピオカが一斉に微笑んでいる。
タピオカは、芋から取ったデンプンを水で溶き、粒々のボール状にしたもので、アジア系のドリンクやスイーツによく使われている。

これを甘いミルクティに入れたタピオカミルクティは、台湾発祥で、ジューススタンドの定番でもある。
ミルクティとタピオカを一緒に楽しむため、太いストローを使って、ズズーッと吸いこむ。黒いタピオカが、私を吸い上げてとばかりにキラキラした面持ちで見上げてくる。タピオカのもちもちっとした食感と、ミルクティの香り高き甘さが調和して、甘いデザートをごくごくと飲んでいるといった感じである。
あっという間に飲み終えてしまうが、飲み物では味わえない満腹感がある。

数年前、タピオカミルクティは、「タピる」という言葉と共に、日本でも大流行した。タピオカが思ったより高カロリーで、頻繁に飲んでいたら太ってしまったのでやめたという話もよく聞いた。
その影響を受けてか定かではないが、今では店を閉めてしまったタピオカミルクティ店も多く、日本では、あまり見かけなくなってしまった。

台湾は旧正月なので、1月にお正月の雰囲気はないが、1月1日だけは、祝日である。
大晦日は、「台北101」という台湾で一番高い101階建てのビルで、年越しカウントダウンが行われ、ビル全体から豪快に花火が吹き出す。
日本のテレビでも、世界各国の年越しの様子を中継する時には必ず紹介されるので、知っている人も多いのではないだろうか。
私は、ビルから花火が吹き出したら、ビルの中にいる人は熱いのではないか、下にいる人は火傷しないかとハラハラしながら中継を見ていた。

今年は、この「年越し花火」を生で見ようと決意し、年末から台北に訪れることにし、台湾人の友達に相談した。
意外にも台北人はあまり関心がないようで、
「いいね。でも、私は見に行ったことはないわ。すごい人だから気をつけてね」
と、興味なさげに返された。

カウントダウンの花火を目当てに世界各国からの観光客が台北に集結する。それに合わせて、台北101近くのホテルの値段も高騰するので、今回は台北市の隣の新北市にホテルをとった。大晦日の台北101周辺は、早い時間から席取りのシートが敷かれはじめ、広場には仮設トイレがいくつも並べられる。
コンサートも行われていて、広場の大型スクリーンにその様子が映し出されている。それでも、深夜12時までは時間がたっぷりあるので、食事をしたり、お茶をしたりしながら時間をつぶした。

カウントダウンの時間が迫るにつれて、台北101の周辺が徐々に人、人、人で埋め尽くされていくのを熱気を帯びた空気から感じることができ、気持ちが高まっていった。
私は、ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンをテレビや映画で見て憧れていた世代なので
「3,2,1,ハッピーニューイヤー♡」
と共にキス、キス、キスがあちらこちらで起きるのかとドキドキし、隣の外国人にキスを迫られたらどうしようかと妄想しながら、2025年の年明けを待った。

 「3,2,1,新年快楽!」

ビル全体から花火が次々と吹き出してきた。いろいろな色の花火のシャワーで覆われたビルが台北の夜空を華やかに照らして、新たな年をも明るく照らしているようである。

集まった人々は興奮することなく、冷静沈着に携帯でビデオを撮り続けていた。ハグもキスもなく、皆がただただ携帯を構え続けている光景に違和感が生じた。生で花火を見るために集まったのに、映像を撮ることに全神経を集中している。映像にしてしまうと、それはリアルではなくなってしまうというのに。
花火が終わると「新年快楽!ハッピーニューイヤー」とみんなで祝うのかもしれないが、帰りの電車(MRT)の混雑が心配になり、花火の最後を見ずにして、この場を急いで後にした。 

台湾でも、日本と同じく、電車の中や街中で、携帯をいじっている人が実に多い。
グーグルの調査によると、台湾は、アジア太平洋地域で最も高い携帯依存度を示しているそうだ。ネットやゲームに熱中するあまりいつも下を見ていることから「低頭族」と言われ、深刻な社会問題となっている。
大人もさることながら、学生や子ども達も携帯に夢中である。
家族みんなで食事をしているのに、子どもは食べながらもずっと携帯をいじっているという今どきの風景は、台湾も日本も同じである。

高校生のお子さんをもつ台湾家庭のお父さんに、
「今の台湾の教育の問題点は何だと思いますか」
と尋ねたところ、
「挨拶ができない。礼儀がなっていない。クレーマーが多く、先生達は子ども達に厳しく指導できなくなってしまった。先生という仕事が特別な仕事でなくなって、会社勤めの仕事のようになってしまったのが残念だ」
と話してくれた。

日本と同じく、台湾も教師の地位は下り坂をコロコロと転がっていっているようだ。台湾の大学教授にも話を聞いたが、
「明らかにAI(チャットGTP)を用いて書いたレポートを提出してきても何も言えない。学生のプライバシーを守ることが重視されているので、なぜ?と聞くことができない」と困った顔で話していた。

子どものやりたいことを尊重して、無理強いはしないという「子どもファースト」主義は台湾にも広まっているようだ。

今、さまざまな国で子ども達のSNSやネットの制限を導入し始めている。成長期の子ども達が身体を使わずに頭だけで容易く情報を得てしまうことの怖さに気づいたのであろう。
いや、ずっと前からわかっていたことなのに、大人が動かなかったのかもしれない。

日本の小学校に転入してきた外国の方達が、必ず賞賛する日本の良さがある。それは、ほとんどの公立小学校では、登下校を子どもだけで行うことができ、放課後、子ども達だけで、公園等で遊べるということである。
アメリカやヨーロッパはもちろん、台湾でも、親が学校の送り迎えをし、下校後は習い事の送迎も親が行うことが基本である。

ドラえもんやちびまる子ちゃんに登場する、公園で遊ぶ昭和な情景が、日本では今でも見かけられることに、外国の方たちは感動する。そこには、子ども達だけの世界があり、子ども達が自由を謳歌できる空間がある。
最近は、公園に集まっているのにゲームをしている姿も目にするが、対面することでリアルな人間関係がつくられる。

時には、「公園で喧嘩している子どもがいる」「いたずらしている子どもをなんとかしろ」「子どもがごみをちらかして帰った」と学校に苦情の電話がかかってくることもあるが、治安の良い日本だからこそできる、この放課後公園文化を失わないでほしいと切に願う。

子どもにとって一番の学びは、実体験である。どんなに、インターネットが発達したりバーチャルな世界が発展したりしても、体験に勝るものはない。大人が子どもの意見を聞いて施策を考えるという話が出ていたが、子ども達だけで過ごせる安全な社会を大人が守っていく方が、どんなに子どものためになることだろうか。

放課後、私の勤めている学校の周りの公園でも、子ども達が集まって元気に遊んでいる。私を見つけると、一人の子が「先生だ」と大きな声を上げ、子ども達の視線が一斉に集まる。宿題をやらずに遊んでいることを悟られないためにか、やってはいけない遊びをやっていることに気づかれないためにか、みんなタピオカのような輝いた瞳で微笑む。

その微笑みを見ると、私はなんだか嬉しくなる。

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