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「石」を風化させる風や雨になれ。現代アートとアクティビズムの文脈からみる、フィンランドの学生運動"Occupy Aalto"

2023年の一年間、フィンランドのアアルト大学アート・デザイン・建築学部に交換留学をしていました。

アアルト大学の一部授業紹介については、こちらをご覧ください。

2023年9月から約1カ月間、フィンランドのアアルト大学でおこなわれた "Occupy Aalto"(オキュパイ・アアルト:"アアルト大学を占拠せよ")という学生運動が、とても興味深いものだったので、備忘録として残しておきたいと思います。

※あくまで個人的な体験と解釈から書いているので、実際の運動の主催者やアアルト大学の意図とは異なるところがあるかもしれませんが、ご了承ください。


1. Occupy Aaltoとは?<概要や背景>

Occupy Aalto(オキュパイ・アアルト)は、フィンランドの極右政権に対抗するアアルト大学生による学生運動です。

2019年、フィンランドで同国最年少の女性のマリン首相が誕生したことは、日本でもニュースになりました。その後2023年6月に、マリン首相が選挙で敗北し辞任した後に生まれたのが、オルポ​​首相率いる最も右翼とされる連立内閣です。赤字財政を回復するために、失業者への手当てや福祉関連の予算削減、移民規制強化、環境基準の緩和など右派的な政策を打ち出しています。

特に学生生活に直結するものとしては、現在フィンランドの学生が享受している住宅補助や就学補助の削減、人種差別的な移民政策の実施が考えられます。

この記事では現政権自体についての議論はしないので、もっと詳しく知りたい方は下記の記事などをご参照ください。

そんな状況を危惧したヘルシンキ大学の学生たちが、学校のロビーを占拠する運動をはじめました。これが、2023年のOccupy movement(占拠運動)(※)の始まりです。

(※)2011年、アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタン区のウォール街において発生した、アメリカ経済界、政界に対する一連の抗議運動のオマージュ(だと私は勝手に思い込んでいます)

アアルト大学の学生たちも、オルポ政権の削減政策に反対するデモを行うため、この運動に加わり、アアルト大学の校舎であるVäre(ヴェーレ)のロビーを9月21日から28日まで占拠しました。これが、Occupy Aaltoです。デモ会場であるロビーでは、音楽や映画、トークなどのプログラムがあり、夜にはテントや寝袋を持参して宿泊することができます。

Väre(ヴェーレ)ロビーの占拠開始

こちらは、Occupy Aalto のインスタグラムに投稿された運動初期のステートメントです。

私たちは、アアルト大学が毅然とした態度で、学生が生活の心配をすることなく学業に専念できる機会を守ることを要求します。

また、アアルト大学が政府の移民政策に関してすでに声明を発表したことにも感謝します。私たちの要求は、留学生たちの状況を悪化させる人種差別的な移民政策を改めるよう、政府が直ちに対応することです。私たちの要求は、ヘルシンキ大学を占拠した学生たちの要求と一致しています。

出典:Occupy Aaltoのインスタグラム(https://www.instagram.com/p/CxdIqvVqT8y/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==

さらに具体的な要求は、こちらです。

アアルト大学に対する Occupy Aalto の要求

1. 継続的な学内外の対話
占拠団は、アアルト大学がすでに発表した政府の人種差別的移民政策に関する声明に感謝している。しかし、占拠団は、1つの声明だけでは十分ではなく、アアルト大学はすべての学生の生活を保障するために、さらなる議論に積極的に参加することを要求する。アアルト大学はまた、緊縮政治と教育削減に公然と反対すべきである。

2. 全国レベルでの提唱
占拠団は、アアルト大学が全国レベルで学生の平等な就学権を支援することを要求する。アアルト大学は、国や政府とのコミュニケーションラインを持っている。アアルト大学は、その資源を使って学生の権利を擁護し、他大学と力を合わせてより強力な交渉力を獲得しなければならない。

3. 悪影響の最小化
アアルト大学は、国家レベルの問題を直接決定することはできないが、短期的には、学内の行動によって悪影響を最小限に抑えることができる。占拠団は、アアルト大学が、政府の敵対的な政策からすべてのプログラムと背景の学生を支援するために、内部のリソースを再優先することを要求している。

出典:Occupy Aaltoのインスタグラム(https://www.instagram.com/p/CxfpLAJNUXp/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==

アアルト大学側は学生による占拠運動がはじまる前から、新政権の移民規制案に対して異議を表明していました。運動がはじまるとすぐ、アアルト大学の学長が様子を見に来て、実際に学生たちの話を聞く機会が何度かあり、協力的でした。

アアルト大学のインスタグラムでも、学生たちの要求をサポートすると表明されました。

そのため、Occupy Aalto のインスタグラムには、「 Occupy Aalto はすでにアアルト大学との協力という目標を達成し、アアルト大学はこれらの問題を広報に掲載し続けている。これらの全国的な占拠運動の目標は、現在、この問題についての政治的議論を構築することである」というステートメントが出され、ロビーを占拠した運動は8日間で収束しました。

2. デモンストレーションの場づくり

このような社会運動が立ち上がって収束するまでを初めて近くで見たり、実際に自分も運動のイチ参加者(勉強しながらロビースペースに居座る。そこに人がいることが大事!)になることで、いろいろと勉強になったり考えることがありました。まずは、このデモ活動の場づくりについて書き残しておきます。

ロビーには、Occupy Aaltoの赤い色のポスターが目立つ

はじめに、運動の立ち上がりについて説明します。アアルト大学の学生たちはTelegram(テレグラム)というメッセージアプリを使って日頃連絡を取り合っています。私の記憶が正しければ、確かアート・デザイン・建築学部の学生が入っているグループチャットで Occupy Aalto の運動を始めることに言及されたのち、運動の中心を担うことに興味のある学生が集まり、作戦会議がスタートしました。中心メンバーをはじめとし、この運動の目的や誰を含めるのか(アート・デザイン・建築学部の学生だけか、アアルト大学生全員か)、運動のルールなどが話し合われました。

2.1 デモこそ、楽しく!

まず何よりも感動したのが、デモを楽しく集まれる場にする数々の工夫です。バンドやDJによる音楽やダンス、近隣のカフェや多分スーパー、個人から寄付される食べ物や飲み物など、快適に過ごすために必要な要素がきちんと揃っていました。

運動がはじまった2日目には、今この運動では何が行われているのか、どんな状況なのかが分かるようにインフォメーションボードが作られていたり、ビンゴ大会やムービーナイトが企画されたりと、楽しく意味のある時間を過ごすために必要なものが即座に立ち上がっていく様子は、クリエイティブですごいなと思って参加していました。

インフォメーションボード

"Let’s hang out"って言って、あえて占領されたロビーで普段と変わらず友だちとお茶している友人たちもいました。デモンストレーションの場所が、必ずしも声を上げなければいけない場所ではなく、ただそこにいて自分のできる範囲で協力したい人が気兼ねなく集まれる場所になっていく文化っていい。

私は Occupy Aalto を応援する姿勢で意図的にロビーで勉強しながら居座っていましたが、発言しなくても、「集まる行為」「SNSで共有(シェア)する行為」(逆に意図的にしないという態度)はとても政治的であることを忘れないようにしなければなりません。

2.2 基本的なルールは守る

一方で、いくら抗議活動だからといって、人やものに危害を加えるような無茶苦茶なことをやってしまっては本末転倒です。なので、抗議活動をする人もしない人も、通常通り施設を使ったり生活ができたりするように、基本的なルールを守ることは徹底されていました。

例えば、Väre 校舎に動物を持ち込むことは禁止されています(空気の質を保つためやアレルギー対応のためらしい)。しかし、運動の参加者の一人が、「学校が決めたルールに従わなくてもいいんだ!占拠なんだから」と発言したところ、「実務的なことに関しては協力的にした方が、結果として人の心をつかみやすい」と発言していて、すごく納得しました。占拠のためにロビーで夜を明かす場合も、安全対策のために名簿に名前を記載することが求められていたのですが、そういった事務的なことをきちんと守っていました。そのような”平和な”運動に対して、実際悪態をつく人もいますが、学校を敵に回すことが目的ではないですからね。

また、運動のルールとして、アルコールやドラッグフリー、(人に対しても建物に対しても)非暴力的、ハラスメントのない Safer space(より安全な空間)原則が定められ、この運動の中で何かハラスメントなどがあったときに相談できる窓口(ボランティアの学生)も配置されていました。DJや音楽、映画スクリーニングのイベントがあっても、一定の時間が過ぎたらちゃんと睡眠できるようにサイレントタイムも定められていました。

ロビーでは別の展示も行われていたが、それには危害を加えないというルールのもと共存していた

2.3 先生を巻き込む

楽しくロビーで集まっているだけではなく、見えないところでは実際に大学や政府に動いてもらうために、アアルト大学の教授たちも巻き込む準備をしていました。具体的には、アアルト大学の強みでもあるサービスデザインや協働的デザイン分野を専門とする教授などに連絡をし、教授側でも署名運動をしてもらえるようにお願いしていました。実際、先生方も動いてくださっていたようです。学生が声を上げ、然るべき人を巻き込み、それに対して責任や影響力のあるポジションにいる人が声を聞いて動いてくださるというのは、まさに北欧が得意とする民主主義がしっかり根付いていることを実感しました。

本筋からはずれますが、私が以前留学していたデンマークには「政治の祭典」というフェスティバルがあり、誰もが開かれた場所で政治や民主主義について気軽に話すことができます。デモンストレーションの場づくりや民主主義のあり方に関して、こちらも参考になるかもしれません。


3. 現代アートの文脈からみる Occupy Aalto

私が今、現代アートを実践し学んでいるので、このムーブメントを少し現代アートの文脈から自分なりに咀嚼します。あえて分類をすると、社会関与型アート(Socially-engaged art)とも、パフォーマンスアートとも、メディアアートとも言われる要素があるのではないでしょうか。

社会関与型アートは、例えば絵画や彫刻などと比較して、社会や観客との直接的な関わりを要する性質が強いです。その中でもとくに、より社会運動の性質が強い活動に関しては、社会との接点を増やしたり、人の目に触れさせたりするために、メディア、特に現代だとインスタグラム、X、フェイスブックなどのソーシャルメディアの役割が重要だと思います(もちろん活動や作品によりますが)。

国民全員や意思決定をする人が、みんな現場に来れるわけではないので、メディアの力を使って拡散し、運動が「起きている」ことを伝えなければ、将来なかったことにされる可能性だってあります。もちろん、メディアがプロパガンダに使われる危険性もあるので、どんな情報を共有し拡散すべきかはきちんと考えることは前提ですが。

実際、Väre の校舎を一歩出れば、そこにはいつもの静かで穏やかなフィンランドの空気が流れていて、このギャップにギョッとします。何か大事なコトが起きていても、建物の中に入らない限り、学生たちがロビーを占拠しているとは全くわかりません。同じ学生同士でも、Väre の校舎をあまり使わないアート・デザイン・建築学部以外の学生の中には、Occupy Aalto という運動が起こっていることすら知らない学生も多かったのではないかと思います。

Väre の校舎の外では穏やかな空気が流れている

また、Occupy Aalto が実施されていたころ、私は Introduction to Media art and culture(メディアアートと文化入門:メディアやメディアアートの概要を学ぶ内容)という授業を取っていました。生きたメディアアートの中で学ぶということで、先生の判断で、占拠されているロビーで授業が開かれた時に、ある種運動に参加するパフォーマーとして、通りいく人々の眼差し(メディア)を通して「見られている」という感覚がずっとありました。

同じく Occupy 運動が行われていたヘルシンキにある美術大学ユニアーツ・ヘルシンキ(University of the Arts Helsinki )では、同じ学期になんと「Dramaturgy-of-an-occupation(占拠のドラマトゥルギー​​)」という Occupy 運動に関する授業が作られました。なんて対応の早いこと!その授業、受けたかったな。。

ユニアーツ・ヘルシンキのロビー
10月12日時点、「占領運動自体は終わっているが、この場所は誰もが集まれる場所(gathering place)としてしばらくこのままにしている」というメッセージがホワイトボードに書かれている(ユニアーツ・ヘルシンキのロビーにて)。

4. ハラスメント?ダブルスタンダード?それでも希望があるとしたら・・・

上記ではこの運動を「場づくり」や「現代アート」の視点から書いてきました。最後に大事な政治的な話について書き残しておきたいと思います。

私は、Occupy Aalto のインスタグラムを見て、Occupy Aalto の占拠が1週間で終わった理由は、アアルト大学側の理解が得られたから、次のステージに行くためだと思っていました(他の大学のOccupy運動を応援したり、もっと高いレベルで政権に訴えていくなど)。しかし実際は、Occupy運動の主要メンバーに対して、先生や学生からハラスメントがあり、精神的に続けられなくなったためと、フィンランド人の学生から後々聞きました。またぎきのため、どの程度だったのかは定かでないですが、ハラスメントがあったことが本当だとしたら、アアルトコミュニティの一員としてとても悲しいです。

また、Occupy運動はもっぱらフィンランド政権に反対する政治運動ですが、アアルト大学ではこれ以外にも、国際社会・政治に関してさまざまな運動が生まれています。例えば、2022年のロシアのウクライナ侵攻に関しては、アアルト大学およびフィンランド国家はロシアを非難し、ウクライナを支援するという立場にいます。

このように大学はこれまで政治的な立場を表明しているにも関わらず、2023年にはじまったイスラエルのガザでの戦闘に関して学生が大学内で抗議活動(サイレントまたはスタンディングデモ)をしたりデモを呼びかけるチラシを壁に貼ったりすると、「政治的活動は認められない」としてすぐにストップがかかってしまいました。

授業の一環で制作したパフォーマンスだが、学生への許可なく、一夜にして勝手に撤去されてしまった作品(床に貼った跡が残らないシールで、"Aalto student for Palestine"と記されている)

実際、パレスチナ支援のメッセージが描かれたアート作品を学生が学内に展示していたら撤去されてしまったこともあります。それにも屈せず、個人が特定されないように匿名グループで作品を制作したり、「これはアート作品です。一生懸命作ったので剥がさないでください」というメッセージと共に作品を展示したり、なんとかメッセージを伝えようとしている人たちがいるのも事実です。

「これはアート作品です。一生懸命作ったので剥がさないでください」というメッセージが横に

ハラスメントやダブルスタンダードがあったとしても、意志を同じくする学生同士で団結して、声をあげ続けるという姿勢に、私はとても希望を感じます。縦軸にある歴史(先代を生きた人々)から叡智を受け継ぎつつ、横軸に広がる同時代に生きる人々とつながることで社会は変わっていくのだと信じたいです。

5. 「石」を風化させる風や雨になれ

大きな石は簡単には動かないですが、風や雨にさらされ続ければ、いつかは風化して砂になります。大きな石が目の前にあったとしても、「どうにかして動かしたい」「石の下で潰れてしまっているものを見たい」という気持ちを諦めないでいたら、いつか石は風化し砂になり、軽やかにどこかに飛んでいくでしょう。

私がここで言いたかったことは、政治運動をしようということではありません。政治運動自体に参加するか否かは個人の自由ですが、何か"コト"を起こしたり、変えたいと思った時には、一人ひとりの中に芽生える気持ちを持ち続け一緒に育てていける仲間やシステムが必要だということです。それは、自分の近くにいる人たち(自分も含め)を大切にすることからはじまるのだと思っています。

何かをする・しないことも含めて広く表現と考えるならば、自分と他者(世界)の一挙一動すべてのことに意識を向けなければならず、この世界はどんなに生きづらいのだろうと思うこともある一方、逆にどんなに小さな行為や態度ですら、世界を変える力を持っていることは希望だとも思っています。その状況を楽しめるときに楽しみ、辛くなったら一旦やめたり逃げたりしても誰も過剰に気にしない寛容な社会を作っていきたいです。時間がかかることではありますが、風や雨もずっとはふかないしふらないし、一旦止んでもまた動きはじめるので、いつか石は砂になるのです。

※特記がない限り、写真は筆者が撮影

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