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インド史③ ~仏教の誕生~

ヴェーダ時代の末期にあたる紀元前6世紀頃、ガンジス川流域に多くの都市国家が生まれた。中でも勢力を伸ばしたのは、中流域のコーサラ国と下流域のマガダ国である。ネパール近くのシュラーヴァスティー(舎衛城)に都を置いたコーサラ国は、後に仏陀が説法を行った祇園精舎を擁し、当時の商工業の中心地であったベナレスを征服して版図を広げたが、後に東方のマガダ国に征服されて衰退する。代わって覇権を握ったマガダ国は交通の要衝であるパータリプトラに都を置き、後にインド初の統一王朝となるマウリヤ朝の前身となった。

仏教の祖であるゴータマ・シッダールタは、そうした都市国家の一つであるカピラ王国という小国の王子として生まれた。クシャトリヤ階級に属する彼は安楽な生活を保障され、結婚して子供もいたが、次第に人間の根源的な苦悩である生・老・病・死(四苦)について深く考えるようになり、29歳で家族を捨てて修行僧となる。バラモン教の形式主義を否定し、6年に及ぶ苦行を経ても悟りに達することのできなかった彼は、悩みに悩んだ末に、儀式や苦行ではなく、深い瞑想を通して真理の体得に至る道を模索した。仏教思想は、彼の苦悩の足跡だとも言えよう。やがて彼は悟りの境地に達し、「仏陀(ブッダ=悟りを開いた人)」と呼ばれた。シャーキャ族の出身であったことから「釈迦(シャカ)」とも呼ばれた彼の教えを信じた人々がサンガと呼ばれる教団を結成し、彼の死後、その教えがインド各地に広まったのだ。

仏教の基礎は、四つの真理(四諦)と八つの実践(八正道)にある。四諦とは人生は全て苦であるという苦諦、その原因は人の煩悩にあるという集諦、煩悩を除くことで苦を脱することができるという滅諦、正しい実践によって苦を除くことができるという道諦の四つを指す。八正道とは、正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の八つを指す。すなわち正しい思考と言動と修養を通してこそ、真理の体得(悟り)に至ることができると説くのである。

こうした仏教の思想はクシャトリヤ階級やヴァイシャ階級の人々を中心に広く受け入れられた。一方、仏陀と同時代にヴァルダマーナが始めた宗教で、仏教と同じくバラモン教の形式主義や権威主義を批判してカースト制度を否定したジャイナ教は、苦行による悟りを肯定して仏教と対峙し、徹底した不殺生(アヒンサー)を唱えた。ジャイナ教は主に商人階級に浸透し、現在でもインドに400万人近くの信者がいるという。その教えの中核をなす不殺生(アヒンサー)の思想は、後世のヒンドゥー教にも影響を与え、近代に至ってマハトマ・ガンジーの説く非暴力主義にもつながった。仏教にせよ、ジャイナ教にせよ、その前身となったウパニシャッド哲学にせよ、インドにおける哲学的・宗教的思考の歴史と、それが世界に及ぼした影響は、悠久のガンジスのごとく、今も脈々と流れ続けているのだ。

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