インド史② ~ヴェーダ時代~
インド北部を征服したアーリア人は、太陽や天地や風雨や雷などの自然現象を神として崇拝する多神教の信仰を持っていた。神々の伝承や呪術を記した彼らの聖典はヴェーダ(聖なる知識)と呼ばれ、その中で最古のものが「リグ・ヴェーダ」である。その後、アーリア人の勢力がガンジス川流域まで拡大するのに伴って、サーマ、ヤジュル、アタルヴァの三つのヴェーダが成立した。これに由来してアーリア人がインダス川流域に侵入した紀元前1500年頃から彼らの支配がガンジス川流域にまで拡大した紀元前500年頃までをヴェーダ時代という。
ヴェーダ時代には今日のインド社会にまで大きな影響を及ぼす二つの源流が生まれた。一つはカースト制度、もう一つはウパニシャッド哲学である。
カースト制度はインド社会特有の身分制度であり、生まれを意味するヴァルナと職業集団を表すジャーティの二要素から成っている。ヴァルナは征服民族であるアーリア人が先住民を支配するためにヴェーダの記述を援用しながら作り上げた階級制度であり、バラモン(聖職者)・クシャトリヤ(武士・貴族)・ヴァイシャ(農民・手工業者)の下にシュードラ(隷属民)、後にはその外に更に不可触民(パーリヤ)を置いて、上位三階級をアーリア人が占有したのだ。一方、世襲の職業集団であるジャーティは、長期にわたって細分化し、通婚の禁止など、生活の細部に至るまで規制が加えられた。当初は征服民族が自らの支配を正当化するために作り上げた物語に基づく御都合主義的なシステムに過ぎなかったものが、年月とともに固定化され、強化されながら3000年も続いてきたのである。ひとたび差別意識が根付くとそれを解消するのがいかに難しいかを端的に証明した事例だと言えよう。
一方、ヴェーダを元に、その奥義を意味するウパニシャッド哲学が誕生したのも、この時代である。バラモンを頂点とするバラモン教が形式重視に陥ったことを批判し、内面的な思索と心理の探求を重視したウパニシャッド哲学は、東洋思想の源流にして、既に驚くべき完成度を持っていた。その核心は宇宙の根本原理であるブラフマン(梵)と個の根本原理であるアートマン(我)の一体化、すなわち「梵我一如」にある。宇宙との一体化を通した根源的真理の把握と輪廻からの解脱を追求する深奥な思索は、仏教・ジャイナ教・ヒンドゥー教など数々の宗教の思想的源流となり、インドのみならず、周辺地域にも大きな影響を与えた。今や世界中に広まっているヨガや禅の原点もここにある。ウパニシャッド哲学の説く梵我一如は言葉で説明できるような境地ではなく、瞑想や修行や座禅を通して心身で体得するしかないものだと思われるが、だからこそ言語の違いを越えて、世界に広がる普遍性を持ち得たのかもしれない。
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