社会人とは『他者の靴を履く』ことのできる人である
「新社会人におすすめの本」というテーマで、宣伝会議主催の編集・ライター養成講座の課題として作成した記事です。御一読下さい。
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新社会人のみなさん、こんにちは。新型コロナウィルスの感染急拡大に翻弄され、まだまだ先の見えない今、混沌の時代をより良く生きるための一冊をおすすめします。
御紹介するのは「他者の靴を履く ~アナ―キック・エンパシーのすすめ~」。著者はベストセラー「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」でおなじみのブレイディみかこさん。英国在住、元保育士という異色の経歴を持ったライターです。
数ある彼女の著書の中から本書を選んだのは、副題にも掲げられている「アナ―キック・エンパシー」こそが、新社会人のみなさんにとっても、あるいは僕のように社会人になってから30年以上になるオッサンにとっても、多様性を尊重しながら自分自身の人生を生き抜くために不可欠の能力だと思うからです。
「エンパシー」って何? 「シンパシー(同情・共感)」とどう違うの? そんな疑問に、筆者は心理学・哲学・生理学など幅広い分野にわたる知見をひもときながら、政治や経済や教育の現場から「地べた」の日常に至るまで、数多くのリアルな事例を交えて丁寧に応えてくれます。彼女が特に重要視するのが、後天的に獲得可能な対人関係・他者理解スキルとしての「コグニティブ(認知的)エンパシー」、すなわち「意識的に他者の靴を履いてみる」能力なのです。
他者の靴を履いてみるためには、まず自分の靴を脱がなくてはなりません。他者を理解するためには、自身の立場や思考や感情をひとまず脇に置いて、相手の立場や思考や感情や背景にまで意識を向ける想像力が必要となるのですが、これがなかなか難しい。けれども、そうした他者理解への努力、「利他」の姿勢が結果的には「利己」につながる。そして利他と利己とがリンクするところにこそ「幸福」がある。エンパシーとは、利他を通して自らも幸福になるための能力だと言えるでしょう。
とはいえ、他者の靴を履いたまま、自分の靴を見失ってしまっては、自らの人生を生きることにはなりません。エンパシーの持つダークサイドにも筆者は目を向けています。だからこそ必要なのはアナ―キック・エンパシー、すなわち自分自身の生を見失うことなく、他者の生に対しても同じように想像力を働かせる姿勢なのです。徹底した個人主権に基づいた民主主義と言ってもいいかもしれません。
ところでみなさん、「社会人」の定義って何でしょう? 自分で働いてお金を稼げるようになれば社会人? 一定の年齢に達すれば誰でも社会人? 自分の属する集団や共同体の規範に従うのが社会人? どれも何だか違うような気がしますよね。僕は本書を読んで考えました。「社会人」とは「他者の靴を履く」ことができる人なのだと――。そういう意味では、私たちは日々「社会人」になろうとする長い道のりを歩いている、ということになります。若いあなたも、オッサンの僕も。
この本は、著者から読者への連帯のメッセージだと、僕は感じています。だから、同じく「社会人」への長い道のりを歩む仲間への連帯のメッセージとして、自信を持って本書をおすすめします。ぜひ読んでみて下さい!
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「他者の靴を履く ~アナ―キック・エンパシーのすすめ~」
ブレイディみかこ著 2021年6月 文芸春秋社発行 1450円