「国語」と「日本語」 ~国語文法と日本語文法①~
国語教育と日本語教育の具体的な内容面の違いについてみていこう。まずは文法の違いである。以下、便宜的に国語教育における文法を「国語文法」、日本語文法における文法を「日本語文法」と呼ぶことにする。
同じ日本語を扱っているのだから、文法も同じなのが当然ではないかという声が聞こえてきそうだが、実は両者は随分と異なる点を持っている。それは国語教育が日本語母語者を対象としているのに対し、日本語教育が日本語非母語者を対象としているという点に起因している。自分が無意識に使っている母語の構造を分析するのが国語文法の目的であるとすれば、日本語文法の目的は学習者が日本語を覚えて使うための便利な道具となることであると言える。結果として、国語文法は分析的、日本語文法は機能的という各々の特徴を持ち、それが随所に現れることとなる。
まずは文の基本構造の捉え方の違いである。国語文法では、主語―述語関係を軸として、修飾・被修飾の関係などを織り交ぜながら文の構造を把握していくが、日本語文法では、文の基本構造を述語と複数の成分からなるものとし、主語は他の成分と同等の存在として把握される。これは日本語が、英語などの主語を必須成分とする言語とは異なり、しばしば主語が省略される述語中心言語であることによる。1960年代に国語学者の三上章が提唱した「主語不要論」は今もなお議論の途上にある。「主語」という概念は英語などの欧米語との比較において日本語を分析する際には有効であるが、日本語非母語者を対象とする日本語教育では、主格(ガ格)も対格(ヲ格)や与格(ニ格)と同様に述語との関係の中で成り立つ格成分のひとつとして説明した方がわかりやすいのは確かだろう。
述語の捉え方も国語文法と日本語文法では異なる。国語文法では、用言(動詞・形容詞・形容動詞)が活用し、それに助動詞などが付属して述語を形成するという説明がなされる。しかし日本語文法では、助動詞という概念を用いず、活用の中に含めて説明してしまう。したがって、国語文法では動詞の活用は未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形の6段階だが、日本語文法における動詞の活用は辞書形・否定形・連用形・テ形・タ形・タリ形・タラ形・バ形・意向形・命令形の10段階(丁寧形を加えれば11段階)となる。一見すると日本語文法の方が複雑に見えるが、後に続く言葉をあらかじめ含めてあるので、覚えてしまえばそのまま使えるのである。
たとえば「書く」という動詞を否定の意味で使いたい時には、国語文法では未然形の「書か」に否定の助動詞「ない」をつけて「書かない」という形にしていくことになるが、日本語文法では否定形に「書かない」という形が既にあり、それをそのまま使えば良いのだ。過去の意味で使いたい時には国語文法では連用形の「書き」に過去の助動詞「た」をつけて「書きた」となるところがイ音便になって「書いた」となるわけだが、日本語文法ではタ形に「書いた」という形が既にあり、それを使えば事足りるという具合である。国語文法が細かいパーツを組み立てて作るオーダーメイド方式だとすれば、日本語文法はパッケージをまるごと提供するレディメイド方式だと言ってもいいだろう。日本語を母語としない学習者にとって、どちらが有難いかは自明である。
こうした違いは他の文法事項においても少なからず存在する。次に示す動詞の活用の種類によるグループ分けや、形容詞・形容動詞の捉え方の違いも、両者の相違点を如実に示す現象である。