糸杉

刺すような痛みで目覚めた。

痛む箇所を見ると、右の腿から臀部にかけて、肌が、黄と紫の斑に変色していた。
わが目にも、痛々しい内出血の跡だった。

はたと見上げると、僧が、わたしを見下ろしながら嗤っていた。
「何をした」と、わたしは目を三角にして詰問した。
「祈祷だ。それらは、おまえの身から出た錆だ」と僧は言い、さらに嗤った。

もちろん、自らの身から出た錆を否定するつもりは、全くない。
わたしは、散々に錆をこさえてきた。

ときには、そうせざるをえなかった。
わたしなど、錆ではなく、とっくに灰になっておけば良かったものを。
一時の生を生きながらえるために、あえて錆びる場面もあったのだ。
瑕疵、いや、仮死さえ、受けなければならなかったことが。

しかし、〈ちから〉を悪用する人間は、僧であろうが、いずれ地獄に落ちるだろう。
いや、すでに、こここそ地獄なのだ。
僧という肩書きさえ、所詮、この世だけのものだ。
錆びて寂びれた人間こそ救えないなら、その宗教は、宗教たるのだろうか、などと、瞬時にグルグルと考えた。

チクチクと痛むのは、腿や尻だけではなかった。
腹にも、ポツポツと、豆粒ほどの斑点状の、湿疹ができていた。

何の気なしに、湿疹を指でつまんでみると、ニュッと、傘のあるカタチが現れた。

ギョッとして、「もしや、キノコ?」と驚いていると、僧は侮蔑をこめて、「それは、イトスギというキノコだよ。何にもならない。食べられもしない」と、嘲りながら嘆息した。

さらには、「あんたから出てくるものもダイヤモンドなら、ここに置いておいてやるんだがな」と言い放った。

傍らには、ダイヤモンドの宿主だという老紳士が、体中切り刻まれて、力なく横たわっていた。

ダイヤモンドを摘出しなければ、このひとは完全に石化してしまうのだろう。
だから、これは、治療の一つではある。
しかし、このひとに宿る、硬化した、美しい、稀なる結晶――ダイヤモンドは、このひとのものだ。
僧の肥やしにされるべきものではない。
これは、異物除去という名の、臓器摘出ではないのか。

いたわしさと、怒りで、身も心も悶えて、散り散りに千切れそうだった。

「そう、そのたびに、キノコは伸びるんだよ」と、僧はほくそ笑んだ。
つくづく憎たらしい僧だ。

実際、わたしの腹から生えるキノコは、少し嵩を増したように見えた。
イトスギたるキノコは、わたしの怒りと嘆きで育つキノコであるらしかった。

つまり、わたしが嘆くたび、わたしは、わたしに巣食うキノコに喰われ――いつか、巣食いは、救いに、掬いに、なるのだろうか――わたし自らを失くし、悲嘆そのものになるらしかった。
むしろ、そうなれば、いい。

それにしても、「イトスギ」なんていうキノコは、聴いたことがない。

イトスギというと、著名な画家ゴッホの、とりわけ著名な作品、《糸杉》だろうか。
とぐろを巻くような、あの禍々しい糸杉。

宮沢賢治が、「ツィプレッセン」と呼んだ糸杉。

誤って射抜いてしまった鹿を、永遠に悼むために、身悶えする糸杉の形に姿を変えたという、キュパリッソスの神話も、薄っすらと思い出す。

糸杉の樹なのか、そこに寄生するキノコなのかは、知らない。
が、わたしも、いまや、糸杉の――死と哀悼と絶望の――苗床になるのだ、と思った。
わたしが、望んでも、望まなくても、それは、そうなのだ。
鎮魂という運命を、死んでも生きていくのだ。
とぐろを巻きつつ、地上に這う者へ傘をさすように。


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