女子大生純文学作家は異世界に転生したくない!? 第一話
あらすじ
高橋ひまりは、十八歳の時、自らの青春を小説にし、賞を受賞。大学にも合格し、春に東京に上京。学生生活と文壇デビューを期待した。
しかし、突然発生したCOVID-19。世界はパニックに陥り、ひまりは 大学二年の春からずっとリモート授業となり、味気ないぼっちの毎日。ロマンスも皆無だった。
ひまりの心は自然と文学に向き、小説を書いた。それを自分に賞を与えた出版社に持ち込んだ。そしてこう言われる。
「純文学は売れない、マッチングアプリでたくさんの人とデートして体験記を書く!、これで決まりだよ!」
そして失望のひまりに声をかける人物が現れた。理工学部の准教授・十郷だった。
「君、異世界に行ってみないか!?」
第一話
暗く、長いトンネルを抜けると、そこは異世界だった。
* *
高橋ひまりは、高校生。十八歳の時、自らのバレーボール部での青春を小説にし、賞を受賞した。大学にも合格し、春に東京に上京。学生生活を楽しむことと、文壇デビューを夢見て。その幸せは約束されていたはずだった。
突然発生したCOVID-19。世界はパニックに陥り、ひまりは 大学二年の春からずっとリモート授業となり、味気ないぼっちの毎日。勉学による精錬も生活から派生する恋物語(ロマンス)も皆無だった。ほんとうに。ぴえんと。
そんな状況のため、ひまりの心は自然と文学に向いた。たくさんの緊急事態宣言下文学を書いた。それを自分に賞を与えた出版社の担当・小村に持ち込んで読んでもらった。
「純文学は文化事業だからねー、わかるでしょ?、今の世の中」
「なにをでしょう?」
「もう紙の本は売れないから、漫画しか需要がない、いいのは漫画原作だけだね」
「・・・。」
それでも、文化事業でも、ひまりは文学の可能性を信じ、小村にどういうものを書けばいいか聞いた。
「そりゃ、ひまりちゃん、COVID-19も落ち着いた今、人は出会いを求めている、マッチングアプリでたくさんの人とデートして、その体験記を書く!、これで決まりだよ!、『文科系エロ』ってやつだね!」
「昔と違って今はそういう時代と違うと思います、それでは男の子アニメ向けにSF小説はどうでしょうか?」
「Sエフー?、だめだよSFは、お金がかかって仕方がない、だめSFは絶対!、まー後は流行の異世界の悪役令嬢モノかな?」
芸術とは所詮、市民への無償の奉仕である。その悲しい諦めをフロオベルは知らなかった。弟子のモーパッサンはそれを知っていた。
授業も!
大学生活も!
アルバイトさえもなにもできなくてままならない毎日!
文学まで終わったなんて!
ひまりはその悲しい諦めをどうすべきかとひとり悲しんだ。その時、そのひまりに声をかける人物が現れた。理工学部の准教授・十郷(とごう)だった。
「君が噂の大学生作家だよね?、じゃ、空想力というのはすごいのかな?」
「すごいかはわかりませんが、よく夢見て、空想する方です」
「じゃ、ぴったりかもな」
「なにをです?」
十郷は、人間の思念・空想を現実化する機械を発明したと話した。
「それって、VRや日本版メタバースのことですか?」
「違う、機械が造り出した世界に視界から入っていく機械じゃない、人間の考えた空想の世界を現実化し、思念・脳派で入っていく機械だ」
「それすごい発明じゃないですか?」
「そうなんだよ!、すごいんだよ!」
こうしてひまりは、十郷が発明した人間の思念・空想を実現化する機械の実験に、〝異世界〟に行くことを決めた。そこになにかあると新しい夢に、文学に、期待して。
* *
女子大生純文学作家・高橋ひまりは、名城大学准教授の十郷に連れられ、〝空想実現機〟が設置されている大学の空き教室に案内された。
ひまりが見た空想を実現化するその機械は、大きなDVDデッキのようなものだった。
十郷は奥の部屋から様々な機械やケーブルが取り付けられたヘルメットのようなものを教室に持ち運び、ケーブルを〝空想実現機〟に取り付け、その機械が取り付けられたヘルメットを自分の頭にかぶって言った。
「いいか、学生作家、論より証拠だ、まず、空想を実現するそのさまを君に見せよう、今から10分間、わたしはこれをかぶって意識を消す、その機械から映像が出てくるからそれを見てほしい、──注意だ、わたしには触らないように」
「わかりました」
十郷は慣れた手順で〝空想実現機〟を操作し、機械が取り付けられたヘルメットのようなものをかぶった。
「よく見てろ!、少女作家!、その機械を!」
しん。
しん。とした。
・・・。
どうなるのかな?、とひまりは思った。十郷は眠ったように身動きしなかった。
その瞬間!、〝空想実現機〟は頭上に光を発した。〝ホログラフィー(3次元映像)〟だった。
ひまりはホログラフィーを見つめた。ホログラフィーは、この教室を映し出した。そこにはひとりで複雑な公式を黒板に書き記す十郷の姿があった。
これ、わたしに講義しているのかな?
十郷はひとしきり公式を書いた後、教室を出て行った。十郷が歩くと映し出される画像も動いた。
十郷が階段を下り、名城大学の建物の外に出た。空が拡がり、雲も見えた。
十郷はそのまま歩き続けた。そして、ある女子大生に声をかけた。その女子大生は振り返った。その女子大生はひまりだった。
そこで、十郷は目を覚まして機械を頭から外して、嬉々として言った。
「どうだ学生作家!、この〝空想実現機〟は!?」
* *
「どうだ学生作家!、この機械は!?」
「すごいです、正直びっくりしました」
ひまりは言った。
「よし!、これからこの〝空想実現機〟について話そう」
「はぁ・・・」
十郷は〝空想実現機〟の使用方法ををひまりに説明し、仕組みも説明した。
「それで、今度は次の段階の実験に入る!、さっきみたいに部屋や学校といった単位でなく、街や世界の大きな単位の中を旅したいんだよ」
「すごいですね」
「そうだ!、すごいことだ!、それに君、少女作家の力を借りたいんだ」
「?・・・、どういうことでしょうか?」
「この機械は、人間の想像力を実現化できる、しかし、例えば映画を観てヒマラヤ山脈の南側を想像することはわたしにもできる、しかし、その裏側、全体の360度は想像することができない、だから君のような想像力豊かな学生作家に頼みたいんだよ」
「十郷准教授、それでもわたしもヒマラヤ山脈の南側、裏側、全体の360度は想像することはできないですよ、見たこともないですし」
「なに!、だめか?!」
「え?、そんなこと最初からわからないんですか?!」
* *
「なんてことだ!、わたしとしたことが!ああああぁあぁぁぁぁぁ・・・・」
「十郷准教授、これだけでも世紀の発明なのですから、十分ではないでしょうか?」
「学生作家!、ここまでの実験はわたし自身で実験して完璧だ!、わたしはこの先に進みたいんだよ・・・」
さっきまでの元気は。十郷は気弱に言った。
「えーと、視覚による360度の世界がイメージできればいいのですよね?」ひまりは言った。
「そうだ」
「テレビゲームの世界なら、360度の視覚が得られるのでは?、世界も小さくてすみますし」
「・・・。」
十郷は真剣なまなざしでひまりを見た。
「『フレデリアの為に鐘は鳴る』という乙女ゲームなら、『悪役令嬢は渡る異世界で溺愛ばかり』という人気のラノベもあって、そのゲームをしながら、ラノベを読めば、より視覚と思念がたかまるのかなと思いました」
「・・・、ゲームで視覚による空想を満たして、そのゲーム世界で小説化された本を読んで、思念を高める訳か・・・、──できる!、いけるぞ!、美少女文学作家!!」
「じゃ、ゲームして、異世界悪役令嬢ラノベ読んでイメージを高めるそれでいいのですか?」
「そうだ!、それで君は異世界に行くことができる!!」
「よし!、いけるぞ!、先が見えた!、光が見えたよ!」
「よかったです」
「・・・、うーん・・・」
十郷のテンションが突然落ち着いた。
「どうされました?」
「いや、美少女作家、・・・申し訳ないのだが、、わたしは研究のし過ぎで、世間の流行(りゅうこう)に疎いんだ」
「はぁ」
「そもそも異世界ってなんだ?」
「異世界っていうのはですね、今流行(はや)りの軽めの小説です、ライトノベルっていって」
「美人学生作家、ライトノベルってなんだ?」
「わたしも詳しくは知りません、純文学作家なので」
「そうか、じゃ、お互い、異世界とライトノベルを少し勉強しよう」
「あと、乙女ゲーム『フレデリアの為に鐘は鳴る』も」
「そうだった、よし、待ってろ!、今本屋で買ってくる!」
「十郷准教授、全部スマホで買って見れますよ」
「そうなのか?、今時は本は紙で読まないのだな」
「COVID-19のせいですよ」
* *
ひまりと十郷は、改めて、扉を開け、ソーシャルディスタンスを保ち、乙女ゲームとライトノベルに没頭した。
「女子大生作家、聞いていいか?」
「どうぞ」
「引きこもりが死んで西洋浪漫な異世界に行くのは、嫌々納得した、でもゲームの世界に転生するというのは宗教的輪廻転生と自然科学に反してないか?、ゲームはただの機械なんだぞ」
「それを言っては、、」
「だいたい第二話で魔王とか騎士団長とかに口に指を突っ込まれて、乱暴に○○○されるって展開ばかりだな、フェミニストは発狂しないのか?」
「十郷准教授、その発言はよろしくないです」
「そうか、悪かった、さっきのはダイバーシティ的にまずかったのだな?」
「普通にセクハラです」
「セクハラ?!、待て、学生作家!、こうやってソーシャルディスタンスを保って、セクハラなんてできるはずないだろ?!」
「言葉のセクハラです」
「それはこの本が悪いだろ!、しかも作者は女だぞ!、女!、わたしは悪くないぞ!」
「・・・。」
「まあ、美人学生作家、この異世界っていうのはすべてわかった」
「すべてですか?」
「そうだ、まず、この異世界って、そんなに流行っていないだろ?」
「そうですよね・・・、たしかに文学・ライトノベルの分野だけですよね」
「あと、これを書いているのは中高年だ、読むのも中高年だな」
「・・・?、そうですか?」
「そうだ、若者は未来があるから先に進みたがる、30代は人生の転換期で選択と決断に悩む、転生というのは人生のやり直しで、やり直しができなくなった中高年がしたいものなのだ」
「なるほど、それは真理ですね」
「この悪役令嬢というのも、素直にお姫さま(プリンセス)に転生できないめんどくさい中高年の心理だ」
「そうなのですか?」
「あ、いや、今のはセクハラだったか?、すまない女子大生作家」
「いえ、どちらかというとダイバーシティ的に」
「・・・。それで君の方はなにか気づいたことは?」
「『テンプレ』って言葉がすごく多いです」
「たしかに多い、これはなぜだ?、女子大生作家?」
「小説だと、登場人物の説明、状況(関係・時代)の説明があって、そこを読者に理解いただいて物語が進むのですけれど、そこの説明をたくさん書くと読者が前提が多すぎて読まなくなってしまうのです」
「物語をおもしろくするための前提で読者が離れるということか?、少女作家?」
「そうです、それを『テンプレ』ってひと言で済ますのがライトノベルのようです」
「そうか、じゃ、女子大生作家、テンプレでわたしたちが、乙女ゲーム『フレデリアの為に鐘は鳴る』、ライトノベル『悪役令嬢は渡る異世界で溺愛ばかり』、その他ライトノベルを充分研究したということはテンプレでわかるということだな?」
「そうです、読者はテンプレでわかっています」
「よし、それじゃテンプレで話を先に進めよう」
* *
「よし、女子大生作家、異世界に行く準備はいいか?」
「まあ、大丈夫だと・・・、思いますけれども・・・」
ひまりは、機械が取り付けられたヘルメットのようなものをかぶり、〝空想実現機〟で異世界に行く準備をした。
「いいか、学生作家、異世界に行って、まずはその世界で一日を過ごして、夜眠るんだ、眠っている間にこっちの現実世界に帰って来れる」
「そんなに向こうにいるんですか?」
「乙女ゲームの世界だ、王子様と手と手が触れたとか触れなかったとかそんな甘い世界だろ?、一日くらい問題ない、それに眠っているときの方が脳波の負担が少ない」
「脳波の負担?」
「気疲れみたいなものだ、たいしたことはない!、いいか!、いよいよ偉大な実験が今始まるぞ!」
「は、はい」
十郷は、〝空想実現機〟を操作した。ひまりは神経を集中し、異世界をイメージした。
「高橋ひまり!、本日午後四時!、君は異世界に行く!!」
* *
* *
・・・・・・。
・・・・・・。
長く暗いトンネルを抜けると。
そこは異世界だった。
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