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Mr.Children『miss you』を個人的に総括する(仮)

このアルバムを形容する的確な記事のタイトルがなかなか浮かばず、そればかり考えながらこの下半期を過ごしていた。そうこうしているうちに、いよいよ今年が終わってしまう。

これはまずい。2023年を終える前に、何としてもこのアルバムについては総括を語っておかねばなるまい。大急ぎでパソコンに向かった次第である。タイトルを一応(仮)としたのは、もっと後からいいタイトルが浮かぶことを祈ってのものである。

Mr.Childrenが今年、およそ3年ぶりに解き放ったオリジナルアルバム『miss you』。8月に突如発表となった今作は、蓋を開けてみれば収録の13曲が完全未発表のオール新曲。2010年リリース『SENSE』を上回るスケールのミステリアスさを孕んだことによってファンは大いにざわついた。小出しに収録曲名発表、ツアー発表、リード曲『ケモノミチ』配信を経て、そしてリリースへ。ボルテージは徐々に上がっていったのを感じる。

しかし、ファンは一気にざわついた。
想像を超える「闇要素」の多さ。

2020年リリース「SOUNDTRACKS」でも生と死を強く意識させる曲が多く収録され、若干の暗さを感じていた人も多かっただろうが、「miss you」ではさらにそれが加速し、自分自身にも、社会全体にも、とにかくありとあらゆる方向に向けた衝動や僻みや精神的不安が歌われていた。

ということでここからは、私の個人的感想をふんだんに織り込みながらこの「miss you」をレビューしていこうと思う。

1、I MISS YOU

誰もが予想だにしなかったオープニングナンバー。桜井氏が弾き語るだけのトレイラー動画の時点では9割の人が『これはまた違ったテイストのミスチルのラブソングなんだろうな』とミスリードしていたはず。桜井氏の若々しい伸びやかな声と、それに反する、湿度の高いグズグズとした暗い歌詞がこのアルバムは異質なものであるとしっかりと主張する、そんなスタートだ。個人的には一番好きな楽曲。

2、Fifty's map〜おとなの地図

本作1つ目のリードナンバー。ファンクラブ会員向けには少しだけヒントが与えられていた曲。尾崎豊『seventeen's map〜17歳の地図〜』をオマージュし、50歳代に突入したメンバーたちの心中を爽やかに歌った曲である。「くるみ」のミュージックビデオのセルフオマージュをしたことでも話題となった。尾崎からのインスパイアをカムフラージュすることなく直接的に歌い、一方で古くからのミスチルファンにもしっかり刺さる表現をする。POPなミスチルここにあり、と主張するかのような曲だ。

3、青いリンゴ

今回、アルバムを再生する前に先に歌詞カードを熟読しあらかた曲に対するイメージを自分に植え付けてからアルバム曲の周回を始めた。が、たいていのイメージは完全に間違っていた。『青いリンゴ』はもっと陰鬱な曲だと思っていたし、『アート=神の見えざる手』は「LOVEはじめました」などのような衝動的なロックだと思っていた。リンゴはリンゴでも『青さ』のあるリンゴ。実をつけながらもまだ若き気持ちを忘れずにいる自身の気持ちを素直に、軽やかに歌った口溶けの良いナンバーである。

4、Are you sleeping without me?

私はアルバム『SENSE』を一番のフェイバリット・アルバムとしていつも挙げているが、その中の「ロザリータ」にも似た雰囲気を醸し出している、情念深くもさらりとした、淡白な失恋ソング。変化のない一定なリズムのドラムプレイとピアノの旋律が、やけに嫌な雰囲気を増長させてくれる。ミスチルはPOPもいいのだが、こういう鬱曲を作らせたら左に出るものはいないと思う。それぐらい、精神的に突き刺さる曲だった。

5、LOST

この曲にも騙された。トレイラー動画ではサビ部分しか流れず、てっきり爽やかで希望溢れる歌か?と思っていたら、いいことは無い、願いや希望は歪んで消える、子供たちに生きる希望や未来をうまく伝えられない、光なんてありっこない絶望的な曲だった。だが、なぜか不思議とこの曲を歌いたくなる。ハンズクラップに乗せてついリズムを取りたくなる。カラオケに行くとこれを歌うとなぜかスッキリする。何とも謎な曲だ。

6、アート=神の見えざる手。

ほぼ全てのリスナーがこの『6曲目の壁』にぶち当たるはずだ。ファンの間ではこれを『サクラップ』というふうに形容する人も居る。ミスチル以外のウカスカジー等の活動でラップパートを含んだ曲を歌うことも桜井氏はあった。前半のカッターのくだりは「契約」などの文言から、いじめに纏わる描写か?とも思われ、その他にも社会への違和感や不満を包み隠すことなくストレートに歌っている。

7、雨の日のパレード

普通のミスチルリスナーなら「ああ、いつものミスチルだ」とホッとする一曲だと思う。だが、何度か繰り返しこのアルバムを聴いていると逆にこの曲の平穏さやミスチルらしさが「異質」に聞こえてきてしまう気がしてならない。正直、私の中では収録曲のうち最も影の薄い曲ではあるが、ある種このアルバムの清涼剤としてきちんと機能してくれており、決して「収録する意味がない」曲では無いと思わせてくれる。

8、Pirty is over

打って代わり、今度はギターのみで構成されたシンプル極まりない曲。パッと聴いただけでは桜井氏以外の他のメンバーの影も形も感じられない。どうやら桜井&田原のツインギターだったようだが、それにしたってほぼ桜井さんのソロ曲。『Are you~』に続きこちらも失恋ソング。何となく大人の恋愛をイメージさせる「バーボンソーダ」という表現や絶妙な韻踏みで、とても記憶に残るゆったりとした曲であった。

9、We have no time

これは初見ですぐに『サザン節(というか桑田節)』となった。桑田佳祐氏がよく用いる、電子音をふんだんに用いたコンピュータサウンド。あのテイストに非常に似たものを感じる曲である。「やり直すには we have no time だけどスキルは尚も健在」という歌詞に、長年トップランナーとして走り続けてきた歌手の矜持と、若々しいパワーを感じる。

10、ケモノミチ

アルバムリリースに合わせて先行配信が始まったリードナンバー。こちらは、エレキギターとベースの存在が皆無。アコギ・オーケストラ・打ち込みと思われるサウンドのみで構成された、まるでオペラの組曲かのような雰囲気の曲。「誰にSOSを送ろう 匿名で書いたやわな叫びを」「法律も物の価値も時と共に変わってく」。どこにもやり場のない、叫びようのない苦しみや行き詰まりを大きく吐き出すかのような軽やかな歌声。グッと惹きつけられる。ギター一本で弾き語ってた動画の印象とは変わるが、強烈に心臓に突き刺さる会心の一撃、という感じだろうか。

11、黄昏と積み木

個人的にここからの3曲は『ボーナストラック』だと思っている。ギラギラとした曲ばかりのアルバム「BOLERO」の中で「Tomorrow never knows」がボーナストラックとして収録されているのと同じで、『miss you』のジメジメとした世界から日常を取り戻すための3曲だと解釈されており、非常に穏やかな時間が続く。ささやかな幸せを大切に抱きしめて生きていこう、という歌の主人公の気持ちについ自分を重ね合わせて聴いてしまう、しっとりとしたいい曲だ。

12、deja-vu

『日常』パート。ここに来てようやく、ああ、いつものミスチル。という感じでホッとする。このアルバムの中では逆に珍しいちゃんとした恋の歌。「ああ僕なんかを見つけてありがとう」とサビの締めくくりで歌うほどピュアな透き通った恋愛ソングであり、カルピスのCMとかでも使えそうなぐらい穏やかな雰囲気である。

13、おはよう

昨夜見た悪い夢からようやく覚めるかのように、最後の曲は「おはよう」。シーツが張り付く寝苦しい夜を歌ったオープニングとはまるで正反対。主人公とその妻(描写的に相当同居年数を重ねた2人だと思う)の、波もなく穏やかな日々を歌う優しい歌である。これもまた、聞き手の心情や生活に重ね合わせて、ふと心から涙してしまう。「ゴミ箱のスーパーのレシート」、「飲んだビールの補充」、これだけのトップアーティストでも半径の小さな生活のほんの些細な情景を美しい歌に変えてしまえるのかと思うと、つくづく感服してしまう。


総評として「完全に桜井氏に騙された」という一言が最初に浮かんだ。何回トレイラー動画を見ても、やっぱりここまで陰鬱なアルバムだとは判断できない。桜井さんはファンを試すためあえてポップに見せかけたような外面に仕上げたのか?

だが途中で気づく。我々は騙されていたのではなく、我々がわずか一部分を切りとったものを見ただけで勝手に判断していた。それだけなのだ。どこにも行き場のない感情を吐き出すための曲もあり、これからへの決意の歌もあり、その一つ一つが今のミスチルの「真実」を物語ってくれている。真実に溢れたアルバムなのだ。

これはおそらくあくまで「デッドストックを一つの到達点まで仕上げたもの」であり、ミスチルメンバーの頭に浮かんだものをそのまま注ぎ込んだ「ミスチルの原液」。だから直球で「このアルバムは良い!悪い!!」で判断するのではなく、個人がそれぞれの思いと記憶を重ね合わせてマイルドにして聴いていくべきアルバムなのだろうなと私は思う。

おそらく、ドームスタジアムはおろかアリーナでもこのアルバムのライブは行われないだろうし、ごく限られた人間のみがこのサウンドを生で体感することになる。その幸運をどうか当選者は噛み締めて、ライブを見てほしい。(今の所全滅中の筆者より)



おしまい。