『パワハラっていわないで!』〜社会人3年目の体当たり新人研修日記〜 #4
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2日目の夜は、火山が大爆発する夢。
3日目の夜は、居もしない彼女と大喧嘩して別れる夢。
研修期間中、私は毎晩夜にうなされ続け、眠たい目をこすりながら朝早くに出社し自主的にやってくる新人の練習にも付き合っていた。新人研修は体力的にもなかなか消耗する、持久戦のようだった。
「なぜそんな思いをしてまで?」と思う人もこの記事を読んでいたらいるかもしれない。しかし、僕にはそこまで追い詰められてでも、この研修をやりきりたい理由があった。
一つは、ライバル会社に負けたくないから。
もう一つは、先輩方に顔が立たないから。
僕は柄にもなく負けず嫌いなところがあり、どうせやるなら一番を。それも、誰もが圧倒的に負けを認めざるを得ないほど圧勝してやりたいというハングリーな気持ちが常に燻っていた。それが、自分自身の存在感を示すということになり、やがて会社の魅力の一つになると信じている。
なので、他社の新人なんて比にならないぐらい人間として成長してほしいし、その想いができるだけ分かってもらえるような指導を追求して、自分なりのやり方を手探りで考え続けていた。
そして、もう一つの理由「先輩方に顔が立たない」。
彼らの教育は今後、このマナー研修を歴代乗り切ってきた偉大なる先輩たちへバトンが渡される。彼らをこのまま送り出して、「なんか今年の新人ダメだな」とか「中途半端だな」とか思われたらたまったものじゃない。彼らの不評はすなわち僕ら講師陣の不評にそのまま繋がる。
それこそ「どうせやるなら一番を」という精神に反する。ちっとも歴代1番の後輩を育てきれてない。そんな自分に成り下がることは許せないのだ。
どちらもなかなか上司や同僚には言えない本音だ。
この記事では本当のことを話したいから
あえてオブラートに包まずぶちまける。
Z世代は根性がないとか、ハングリー精神がないとか、ひよっ子みたいに思われがちだけど、そんなつまらない枠やイメージに俺を嵌めるんじゃねぇと、一度でいいから中指を立てたかった。ここで踏ん張れなきゃ、大成できない。むしろここを踏ん張ればこれ以上辛いことはないだろう。
僕らにだって、根性の一つぐらいあるさ。
簡単には折れない根の張った奴が。
その気持ちだけで自分は頑張っていた。
「おはようございます。今日は、挨拶もですが最後の抱負発表の練習もしていきます。社長や重役がいらっしゃるので、皆さんには前に立って自分の目標をしゃべってもらいます」
指導役リーダーのB部長が説明をする。
それを聞いた新人達にも若干焦りの表情が見えた。
マナー研修に残された練習時間は少なかった。とにかく挨拶の形を体に染み込ませるため、徹底的に反復・実践を繰り返す。前に立っての抱負発表も何度も練習させる。必ず本番には言葉が詰まり上手く言えない子が続出するから。自分の経験を糧にしての戦略だった。
「もっと胸を張って、背中を丸めないで」
「一度言われて出るなら、最初からそのボリュームを出さなきゃもったいない」
「着実に良くなってるから、もっともっと上を目指そう」
口から舌が抜けそうになる程、同じことを全員に繰り返し繰り返し説いて、励まし、体で教え、鼓舞した。それしか、経験のない僕にはできないと思った。指導の難しさなんて、最初から嫌っていうほど分かっていた。
みっともないことをしている子は許せなかった。
ノロノロと歩いて壇上に向かう子が沢山居れば
「前に出てノロノロ歩かない!!」
と叱責もした。
全体へ向けた話の中で少しでも反応が遅ければ
「ちゃんと返事してくださいいいですか!!」
と檄をぶっ飛ばした。
どれもこれも全部、普段の自分のやるようなことじゃない。
でも、自分がやらなきゃ誰も気づかない。言わないから。
ここで言わなきゃ間違いなく一生治らないから。
研修の時間はあっという間に過ぎて
最後に講師陣から総括をする時間になった。
「じゃあ、瑞野くんから何かある?」
部長から本番前最後に、まさかのキラーパスが。
これは乗り越えるべき最後の壁だろうか。
僕は、自分が彼らに伝えたいことと、僕の本心をミックスさせて、こんな風なことを語った。本当に彼らの前で語ったこととは一部ニュアンスが違ったりするが、多少の脚色はご容赦頂きたいと思う。
「僕らの仕事というのは、常に一発本番です。一度相手に信頼されなくなったら、相手はうちのことを信用してくれなくなる。まして、我が社と同じようなことをするライバル企業は一杯あります」
「お客様は素直で、それでいて薄情なんです」
「そのライバル達に負けないように、うちが一番魅力的だと思われるためには何が大事か。それこそが第一印象を握る、爽やかな、立ち振る舞い、そして挨拶。そう。全てはここに帰ってくるんです。皆さんはそうやって、会社の価値を生み出してください」
「もう後は難しいことは言いません。思いっきり、ぶちかましてください」
最後の気力を振り絞った言葉なので
どれぐらい新人達に伝わったかはわからない。
でも考えてみれば自分たちも、新人の時の研修で何を言われたのかあまり記憶がない。研修の内容の濃さに希釈されて、言葉なんて簡単に記憶の彼方に飛び去ってしまうから。でも、それでもいいから体を張って教えた「挨拶の形」だけは決して忘れてほしくない。
それが出来ていれば、もう後は何も言わない。
その気持ちが詰まった、最後のスピーチだった。
明日はいよいよ、最終日。
緊張の大本番。新人たちが重役の前で抱負を発表する。
頼むから一人残らず、全員上手くいってくれ。
その思いしか僕にはもう無かった。
ー第5話につづくー
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