ダリア園②
バスで町田駅までけっこうある。N子さんが検索して、ふとサイゼリアがあると言ったのですかさず食いついた。
「サイゼにしましょう❗️エスカルゴ食べたい❗️私の今いるとこなんてマックすらないんですから😭」
「あらあ、そんなんでいいの?でも、いいわね。気楽だし結構美味しいし」
かつては二人で美術館へ行った帰りにフレンチだのイタリアンだのに連れてってもらったが、私は安いとこの方がいい。
やったあエスカルゴー❗️とジタバタする私を、呆れたようにほほ笑んで眺めるN子さん。
彼女が道中、昨日変な夢見ちゃったの、と話し出した。
彼女の旦那さんが彼女の妹さんと浮気してる現場を、俯瞰するように眺めてた夢だという。真っ赤になって彼女は言う。
「来年金婚式なのよ。あの人にそんなこと今までなかったし、私も今さらなんでこんな変な夢見るのって。しかも私の妹だなんて。もう、汗かいて目が覚めたわ」
私から「視れば」それは彼女のパラレル世界だ。今生では体験し得ないことを、しばしば夢は見せてくれる。前世かも来世かもしれないが、今生での課題ってことも多い。
彼女が奔放な私の生き方をにこにこ応援するように30年近く見てきてくれたのはおそらく、自分にはできないからというものもあったと思う。頭も柔らかく生き方もしなやかなN子さんだが、やはり戦後まもなく生まれの世代。性に関しては慎ましやかで「女性はかくあれかし」みたいな有言無言の教えをつい守って生きてきてしまっている。だから年間百冊も恋愛ファンタジー要素を含む小説を読む。私からすればそんな彼女は好ましいし可愛く見えるが、彼女ははっきり口にしたことがある。そんな小説や映画みたいな恋や人生に憧れてるのよと。ほかの友達には言えないの。水宮ちゃんだけにしか言えないの、こんなこと。
彼女はランチセットのパスタを。私は早速ビールやデカンタワインにエスカルゴを頼み、舌鼓を打った。んー美味しい❗️
彼女の今生の課題。それが自由奔放な愛や生き方への憧れだとしたらそれが夢に出てきたんだと思います。と私はまんま答えた。
「私も、人の色が見えたり妙な夢が続くようになって戸惑ったけど、今は生きるのに役立ててます。考えたって仕方ないし、特別なことでもないし。
そうそう、昔、年下の女の子の知り合いがいたの。お金持ちのお嬢様でご両親は社会的地位があって。彼女も高学歴だけど社会経験はほとんどない。ものすごいアルコール依存になっちゃって。一人ぼっちで家で山のように本を読むけど、そうして本を積んではお酒を飲むだけ。本を生きるために役立てたりなんかしない。読書家という自分を世間に喧伝したがってた。パパママに放って置かれて寂しいからよ。ついに痛風になっちゃった。女性が痛風になるってなかなかのことですよ?」
私は好きなデカンタワインをすうすう飲みながら、エスカルゴの熱々バターと美味しい身を味わう。店内の喧騒に耳を貸す。
ひどく泣いてる赤ちゃん。一人の若い疲れた感じの女性が持て余している。
赤ちゃんは、帰りたいと言ってるように私には聞こえた。
「N子さん。赤ちゃん語って思い出せる?」
「もうずいぶん前だけど、大体はね」
「あの子、ここイヤだって言ってない?」
その途端赤ちゃんはつたない言葉で
「ヤダー❗️」と泣き叫んである方向を指差した。家の方向はそっちらしい。
私たちは悲しい感じでクスッと笑った。
N子さんはきっと二人のお子さんを育てた頃のことを思い出して。私は大自然の如き赤子の叫びと、参ってしまってる若いママのご苦労を痛ましく思って。
駅で別れ、電車の中。
だいすきな友達に会ってバイバイする時、小さい頃いつもおなかが痛くなった。
私の中の大自然が泣くのだ。ダリアの花のあの大爆発のように。
行かないで。ここにいてと。
それでも私は帰った。
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