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てぃくる 846 あなたの子よっ!

 目の前に突然現れた女の口から「この子はあなたの子よっ! 認知して!」などと言われようものなら、世の中のほとんどの男性は立ち尽くしてしまうだろう。そういう事態に陥る覚えがあろうとなかろうとだ。

 俺には一切身に覚えがないし、そもそも目の前の女を知らない。小柄な髪の短い女だが、確かに腕に赤子を抱いている。その赤子が、呼び名通りにひどく赤い。

「……」

 俺がずっと黙っているのが気に障ったのだろう。女はきりきりとまなじりを吊り上げた。だが俺は女の目を見ず、赤子の整った顔と頬の赤さをじっと見据える。俺は赤子が誰の子かを知らないが、その顔をどこかで見たような気がしたんだ。

 女が再び叫んだ。

「あなたの子よっ!」
「無茶を言うな」

 混乱して濁りを生じていた俺の意識に、すいっと縦糸が通った。そうさ。女や赤子が誰かを思い出す前に、俺はまず自身がどこにいたのかを思い返さなくてはならない。
 俺は女から視線を外して、ゆっくり周囲を見回した。今俺がいる場所はちょっとした茂みの真下だ。秋にしてはひどく日差しがきつく、木陰に入って涼んでいるうちに微睡(まどろ)んでしまったらしい。入眠寸前に目に残っていたものが、いつの間にか異形に凝ったのだろう。

「一つ、言っておく」
「なによっ!」
「あんたもその子らも、ひどく混み合ったところに紛れ込んでいる。そのどさくさに紛れて俺を引きずり込もうとしただろう? そうはいかないよ」

 忌々しい……そういう苛立ちを鮮明にした女は、抱きこんでいた赤子を頭上の藪にぽいっと放り投げた。驚いていた俺を尻目に、女は逃げるようにして突然姿を消した。
 怒り狂いながらもどこか急いていた女の気配が、頭上に散っている紅の色にまだまとわりついていた。そいつを静かに突き放す。

「ひでえことをしやがる。だが、子供らが不憫だと言っても俺は面倒を見んぞ」

(コバノガマズミの果実)

「俺にも、誰の子かわからんからな」

◇ ◇ ◇

 同じ場所にノイバラも生えていて、ぱっと見には何の実かわからなかったが、サイズが違う。ノイバラの実はコバノガマズミよりも一回り大きい。花柄の様子も異なるので、それがノイバラでないことは確かめられた。

 赤子を抱えていたのはコバノガマズミではなくノイバラだったのではないだろうか。他人の子を押し付けられた苛立ちを、樹下にいた俺にぶつけたのかもしれない。

 だが。それが彼女の子であってもなくても、俺の返事は同じだ。

「俺に、子供の世話はできん。それは小鳥の仕事だ」


子も孫もいっしょくたに生る野の葡萄

(2021-10-16)

Who's My Pretty Baby by Elizabeth Mitchell


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