第2話:海上自衛隊横須賀地方総監部へ
頭を掻きながら、“すっぴん”のワタシは、昨日の夕方に起きた米軍兵の酔っ払い運転による交通事故の取材で、横須賀警察署駐車場で黄色いジムニーの運転席でノートパソコンとにらめっこしている。
横須賀警察署内で情報収集に走り回り、ようやく記事を送信し時計をみると20時を示していた。なんとか翌朝の早版※1に間に合う。
その一報は、非番で休みだった米軍兵がドブ板で昼間から飲酒して車を運転していたところ京急電鉄汐入駅のロータリーに突っ込んで停車していたタクシーに衝突。そのはずみで歩行者も負傷して大騒ぎになっているとのこと。
ワタシが現場に着いたときには犯人と思われる米軍兵が警察になにやら英語でまくし立てていた。現場は騒然としていたが、負傷者を乗せた救急車が走り去っていき、残った警察車両が赤ランプをつけて何台も停まっている。『横須賀の警察官は英語話せるんだ…』と感心しながら、実際に米軍兵の犯罪を目の当たりにすると米軍基地のある街というのは一種のジレンマをかかえているのではないかという印象を受けた。
それにしても本当であれば『ワタシ今日、非番なんだけど・・・』
船頭さんがなぜか音信不通でワタシにお鉢がまわってきた。
『せっかく美容室予約してたのにっ。あのオヤジどこいってんのよ』
と心の中で悪態つきながらジムニーを支局の駐車場に戻す。
***
支局の駐車場から見上げると事務所内の電気がついている。
黄色いジムニーから降りて事務所の扉をあけて中に入ると、
「おかえり~大変だったね~。今日俺、自分が仕事ってすっかり忘れてて昼から酒飲んで寝てしまってたよ~ごめんごめん。
早版の記事みたよ~さすがは元総理番だね。仕事が早い。俺だったら、早版には間に合ってなかったなあ、ワッハッハ」
と船頭のクソオヤジが缶ビール片手に少し赤らんだ顔で話しかけてきた。
ワタシは少しむっとしながら、
「船頭さん、明日はお休みもらいますからね!!あとはお願いしますよ!!」
とキツイ口調で言いながら、荷物を片付けて帰ろうとした。
「あっ、そうそう山口さん。夕方さ、海上自衛隊の五辻さんの副官から電話があったよ。基地見学ご招待の案内をメールしたのでご確認くださいって言ってた。俺にもメール来てたから内容見たけど結構、ご丁寧な内容だよ。俺も横須賀に長いこといるけどこんなご丁寧な見学はしたことないなぁ。楽しみ楽しみ~。じゃあ、俺明日に備えて帰って寝るわ。あとはよろしく~」
と言って船頭のオヤジは事務所にワタシを残して先に帰っていった。
記事の作成に夢中で私は全くメールに気が付いていなかった。
再度、ノートパソコンを立ちあげると確かにメールが入っている。
『あの副官の人結構若かったけど、ワタシと同世代かしら・・・』
と思いながらメールを開くと、案内状が添付されている。
『拝啓 花の便りも聞かれるこの頃、皆様におかれましてはますますご清祥のことお慶び申しあげます。平素は海上自衛隊への格別ご理解を賜り、厚く御礼申しあげます。
さて、このたび海上自衛隊横須賀地方総監 五辻 蔵之介主催のもと記者クラブ※2会員の皆様に、海上自衛隊横須賀地方隊への更なるご理解を賜りたく下記のとおり基地見学会を開催いたしますので、ここにご案内申しあげます。
ぜひこの機会に記者クラブ会員の皆様にご参加いただきますようお願い申しあげます。
敬具
記
1 日 時
20XX年4月27日(水)10時~15時
2 集合場所
海上自衛隊横須賀地方総監部庁舎 2階 大会議室
3 ご見学内容
(1)横須賀地方隊概要ブリーフィング
(2)護衛艦見学(護衛艦ゆうぎり予定)
(3)カレーライス試食会
(4)総監との懇談
4 問い合わせ先
横須賀地方総監部 副官室 副官 大岩 海斗
TEL:0468-〇〇-△△△△
以上』
ワタシは、まずカレーが食べられるというところに注視してしまった。
『護衛艦のカレーが食べられるのかなぁ~前に、テレビで見たことあるけど一度食べてみたいと思ってたんだよね~』
そう思いながら気がつくととすでに23時を回っている。
『やばっっ。今日、美容院すっぽかしちゃったし、明日の予約取り直ししないと。』
パソコンの電源を落としながらワタシは事務所の後片付けをして、急いで鍵をかけ家路についた。
***
見学会当日は、雲一つない青空が広がっている。気温は夏日まであがるとの予報で、船頭さんはサングラスをかけ、ジムニーの運転席でハンドルを握りながらゴキゲンに昭和っぽい鼻歌を歌ってる。
ワタシは助手席で、海上自衛隊の階級章の一覧表や横須賀地方隊の組織、今日見学予定の護衛艦ゆうぎりに関して情報収集・整理した資料を頭に叩き込む。
『階級章を何度見ても頭に入ってこないわ~この前の田戸台での懇親会でも記憶があいまいだし、同じ制服着てるから余計混乱するのよね・・・』
そんなことを考えていると、船頭さんが
「門はいるよ~。記者証出しておいてよ。あと腕章もね。」
船頭さんは知らないうちにアロハシャツに腕章を巻いて、記者証を首にぶら下げている。
ワタシは急いで記者証をカバンから取り出し、腕章を探しあてる。
ジムニーはゆっくり停止し、
「毎朝新聞の船頭で~す。こんにちは~」
と言いながら、車両通行許可証を提示する。
すると青い迷彩服を着た人が、
「記者証の確認をさせていただきます。」
といい、記者証の顔写真とワタシの顔をまじまじと見比べながら、
「ありがとうございます。お入りください!!」
清々しいばかりの敬礼。ワタシは迷彩服の人の大きな声と敬礼にドギマギしながら心地良いワクワク感に包まれていた。
『なんだかまた違う世界に来た感じ・・・』
ジムニーが駐車場に滑り込むと船頭さんが指をさしながら、
「ここが横須賀地方総監部の庁舎だよ。軍隊で言う司令部みたいなものだね」
と解説してくれた。
ワタシが休みの日にヴェルニー公園から見ていた三階建ての建物がまさしくこの横須賀地方総監部の庁舎だったと初めて気づく。
船頭さんは屋外階段から慣れた足取りで2階へと上がっていく。
「船頭さん・・・正面玄関から入らなくても大丈夫なんですか??」
とワタシが聞くと、
「大丈夫、大丈夫。俺はいつも正面玄関を通らないようにしているんだ。正面玄関は基本的に使わないほうがいいの。当直の人が気を使っちゃうしね。」
『この人、記者腕章巻いてなかったら不審者にしか見えないけど、大丈夫かしら』
と思いつつ、船頭さんの後をついていくワタシ・・・・。
建物内に入ると意外とこじんまりとしたつくりになっていた。船頭さんはそのまま大会議室と書かれている部屋に躊躇せず入っていく。
すでにほかの記者クラブの記者が雑談している。
海上自衛隊の制服を着た白髪まじりのオジサマが雑談の輪の中で談笑している。
『あの人、この前の懇親会にいたかしら・・・?』
と思いながら、座席表どおりの指定の場所にカバンを置いてペットボトルのお茶を飲もうとしていたら、そのオジサマがワタシに近づいてきた。
「どうも初めまして。私は横須賀地方総監部の広報係長をしております鳥山(とりやま)3佐と申します。総務課長から、毎朝新聞社さんに新しい記者さんが横須賀に配属になられたと聞いていましたのでお会いできるのを楽しみにしていました。本日は私がご案内させていただきますのでよろしく願いします。」
と名刺を差し出した。
『3佐・・・近くで見ると結構おじいちゃんみたいに皺が多いけど何歳なのかしら・・・?』
と思いつつ、愛想笑いをしながら名刺をまじまじと見つめていた。
すると鳥山広報係長が、
「そろそろお時間ですのでご着席願いま~す。喫煙所に行かれている方がおられましたら、お呼びいただきますようお願いいたします」
とアナウンスしたところで大会議室内の雑談が止まり、静けさに包まれていった。
つづく
参考:
※1<早版>新聞には早版、遅版があり、通常、夕刊は早版が2版から始まり遅版が3~4版、朝刊は早版が11版から始まり遅版が12~14版で、遅い版になるほど締め切りが遅く、最新のニュースが盛り込まれる。各版の締め切り時間は、夕刊がおよそ10時、12時、13時、朝刊が、22時、24時、25時、25時30分頃となっている。
記者の原稿を書く時間を考慮すると、翌日の朝刊に掲載してもらいたければ、記者会見は前日夕方まで、資料(リリース)配布は、前日15時頃までが望ましい。夕刊は、午前11時頃がタイムリミットである。参照:「企業広報プラザ」
※2<記者クラブ>記者クラブは、元々、情報公開に消極的な公的機関に対し、取材・報道のため、マスメディアが立ち上げた自主的組織である。公的機関に対する監視や、国民の知る権利を守る目的を持っていた。現在は、官公庁をはじめ、経団連や東証ほか民間機関にも記者クラブが置かれている。加盟しているのは、新聞社、通信社、放送局で、雑誌は未加入。加入報道各社にとっては、取材の最前の場となっている。参照:「企業広報プラザ」