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なりきり・片岡義男(前置き長め)

忙しい日は頑張って朝ランニングに行こうと思える。一方で、何も予定がない日は「いつでも行けるから」と、ダラダラと過ごし、結局ランニングに行かなかったりする日もしばしば。今日は後者に近かった。恋人さんと会えるかな、と思っていちにち空けていたけれど、前日唐突に声をかけてももちろん会えず。もっと事前にアポ取っとけばよかった。ひとりで京都の和田誠展に行こうとも考えたけど、そのためだけに時間とお金をかけて京都まで行くのもなぁ、と思い家でのんびりすることにした。

朝はゆっくりめに起きて、少し多めにコーヒーを淹れた。昨日、英語の先生が熱心に解説していた、ビートルズの"The Long and Winding Road"が収録された"Let It Be"を聴きながら、映画館で観た"Get Back"を思い出した。課題をちまちまと進めながら、友達からの連絡に返信した。昨日のことを思い出した。

友達と3人で呑みに行った。わたし以外の2人は初対面。先日お酒で失敗した(記憶をなくした)わたしは、今回は控えめにしておこう、と、サワー2杯と水3杯で抑えていた。友達たちはとっても楽しそう。わたし以外の2人は煙草を吸いに、時たま喫煙所へ行っていた。お酒を飲むとトイレが近くなるわたしは、2人がいない間にトイレに行きたくなり、でも荷物をほったらかしにはできないから、帰ってくるのを待っていた。2人が帰ってきてすぐトイレを済ませ、戻ってくるとひとりがぐったりしていて、そのまま完全に潰れてしまった。そもそも、お酒の場の経験が少ないわたしは、それほど酔ってはいないものの、何をどうすればいいのかわからなくなり動けない。もうひとりは酔ってはいたけどお酒の場には慣れっこだったので、ふたりで協力してなんとかした。ずっと仲のいい友達だから、お母さんに電話をかけると、初めてお話ししたけどすぐにわたしのことを認識してくれた。親御さんが迎えにきてくれるとのことなので、なんとかその子をお店から引き摺り出し、駅前の公園で迎えを待つことになった。わたしは門限が近かったけど、この子を置いては帰れないのでもうひとり(門限なし一人暮らし)と迎えを待った。親には事情を説明し、門限に間に合わないことを了承してもらえた。潰れてないほうの友達とは音楽や映画の趣味が合う。最近は本の趣味も合うことが明らかになってきた。ベンチで寝ている友達の横で、weezerのPinkertonを流し、友達は煙草を吸っていた。わたしはその日読み終わった片岡義男の小説の話をした。友達の親からもうすぐ着くと連絡があったので、少し元に戻った友達と肩を組み、無事引き渡すことができた。水を渡し忘れたことだけが心残りだった。友達を車に乗せると、もうひとりの友達も緊張がとけたのか、急にふにゃふにゃになってしまった。本当に、自分が酔っぱらってなくてよかった。経験しないほうがいいのかもしれないけど、一度ぐらいは経験するべきだと思う、こういうことも。潰れた友達、もしこれを読んでいたら、心配しないで、わたしたちとても楽しかったし何も気にしてないよ。ネタにしてごめんね。少し経って残ったわたしたちも解散した。呑みに行ってほぼほぼ酔わないことなんて初めてだったから、少し物足りなさもあったけど、経験という大きな収穫があった。

そんなことを思い返していると、もうお昼の時間だった。家には自分しかいないし、冷凍のパスタで済ませた。弟が帰宅し、わたしの弾くギターに合わせて歌ったりした(数ヶ月前に大喧嘩したけどだいぶ仲直りした)。母親が帰宅すると、ドラマやらブルーレイやらを自由に見始める。母親と、自室のない(弟に奪われた)わたしの居場所はリビングしかない。このリビングでドラマを見たい母親と、音楽を聴きたいわたしはいつも対立していた。なるべくバチバチしないよう、お互い気を遣って生活している。わたしは友達の課題の解説を作り、明日以降の朝食のために、パン焼き器に食パンの材料をセットしてスタートボタンを押した。焼き上がり予定は21時半。やはり居心地が悪くなり、朝行けなかったランニングに行くことにした。朝からずっと家にいるから、お腹が空かない。晩ごはんまで1時間半ぐらいだろうか、少し長めに走ることにした。

走り始めて、またいつもの空想のようなものが始まった。川沿いの堤防を走る。こちら側は歩行者・自転車専用で、対岸は車道のみ。大きな音のオートバイが数台走り去り、片岡義男の小説を思い出した。わたしは走りながら、今のランニングを片岡義男になりきって解説し始めていた。前置きがえらく長いものになってしまいましたが、ここからが本題です。走り終わってシャワーを浴び、ランニング中の空想は少しずつ抜け落ちてしまったところもあるけれど、覚えている範囲で、今日のランニングを『なりきり・片岡義男』でお届けします。

自宅から数十メートルで川沿いの堤防に出る。川側からグラウンド、下段、上段と構成された堤防の上段に上がる。平日、帰宅時間なのか、自転車が多く行き交っていた。下段に降りると、橋の下前後の道は舗装されておらず、膝下まで草が伸びていた。橋を背に向け走り始めると、10メートルほどでコンクリートの道に出た。このタイミングで左手のストップウォッチをスタートさせる。右手は堤防上段へと急なスロープになっている。左手には最近また水位が減ったような気がする川が前から後ろに向かって流れている。十何年も見ている景色だが、何度見てもいつ見ても飽きない。田舎と都会の間にある、大まかに言えば工業地帯のこの街に、なんとか緑を広げているのがこの川沿いの堤防だ。左前40°ぐらいの位置に沈みかけている太陽を予想し、ランニングキャップをかぶっていた。まだあまり眩しくない上に、風が強いためにキャップが邪魔になってしまった。頭にかぶっていたキャップを右手に持ち、走り続けた。15メートル毎ぐらいのタイミングで小さな虫の塊に突入してしまう。目や鼻や口や耳、穴という穴に虫が入ってくる。手に持ったキャップをもう一度深く被り、少し下を向いて走り続けた。今日はいつもより長い距離を走る予定だった。時間に余裕があったことと、今日いちにちの満足感があまりなかったからだ。普段は2〜4km走るところを、今日は6kmを目標にしていた。そういうこともあり、いつも最初に飛ばしがちなペースを抑え、なるべく疲れない走りを意識して走った。左手の川側にはグラウンドが出てきたり消えたりする。スタート位置からずっとグラウンドはなく、800m地点で2面の広さのグラウンドが現れる。グラウンドでは3人の子どもとその父親と見られる人がサッカーボールで遊んでいた。週末は野球少年でいっぱいになるグラウンドも、平日の野球のない日は静かで少しかわいそうな気さえする。そんなことを考えていると、1km地点でラップを取るのを忘れていた。1km地点を過ぎると上段へ上がる階段がある。いつもはこの地点で上段に上がるが、今日は距離も長いため、のんびり下段で行こうと決めた。ここからの1kmの間で下段はなくなり、強制的に上段へ上がるための緩やかなスロープが出現する。スロープまでの700m程、久しぶりにこの位置の下段を走ると、右から左から草が伸びきり、ギリギリ人がすれ違えるぐらいの幅しかなかった。そして緑が多いからか虫の塊が大量だった。また風が強くなり、キャップを手に取り顔の前で左右に振りながら走った。途中、水道管の橋のようなものが川のこちらからあちらへと伸びている。そしていつもこの橋に大量のカラスがいる。いつもそのことを忘れてこの方向に走ってきてしまう。この橋の下を横切るときは少し力を入れて走った。そこで、脹脛が痒くなり始めた。血流が良くなっている証拠である。ただ、ここで脚を掻いてしまうと脚の回転が遅くなり、さらに痒さが増すため、むっと我慢した。太腿まで痒さが広がってきたあたりでスロープに辿り着いた。記憶よりも足元が悪く、粗い砂利の道だった。上段に上がると、舗装されたコンクリートの道に数人のランナーが見えた。横風が追い風になっていた。空気が湿っているからか、上段の方が虫の塊が少ないように感じた。数百メートル行くと、川の分岐点につながる。ここで大きなカーブとなる。これまで下流から上流にかけて進んでいたが、ここからは上流から下流への方向になる。この分岐でスタート地点から2km。1km地点でラップを取り忘れたが、2km地点で10分12秒。予定通りのペースだった。分岐で大きなカーブを曲がるも、次に逆方向にゆるやかで大きなカーブになる。最初の2kmと比べると、90°曲った方角を向いていた。横風が激しい。右手には桜並木が、左手には下段はなく、急なスロープから川にかけて、手前には小さなススキのような白い草、その奥にはいかにも生命力の強そうなカラスノエンドウが無限に広がっていた。500mほど続く桜並木の下は、春に花見をしたのが考えられないほど、50cmぐらいの高さの草が生い茂っていた。舗装されたコンクリートと桜並木の間には、シロツメクサがたくさん花を咲かせていた。脚の痒さは治ってきたが、だんだんと重たくなってきた。2.5km地点、ここが勝負になる。5km走るならここで折り返す。しかし今日は6km走るため更に500m行かなければならない。奥の方に眩しい光が見える。近所の競馬場がナイター開催のため明るい照明を川側に向かって飛ばしていた。右手に緑地公園を通過すると、高校の顧問を思い出す。わたしと同期と顧問の3人でランニングしたときのこと。その日も今日みたく虫の多い日だった。同期が「虫が...」と言うと、顧問が「虫はな、無視すんねん」と言い、既に8kmほど走り、虫たちと戦い、それどころではない私たちは黙りこくってしまった。そんなことを思い返しながら、疲れ始めた脚全体にぐっと力を入れ、折り返し地点まで走った。3km地点、折り返し、15分30秒、少しペースが落ちたか。ただあとは帰るのみ、気持ちは少し楽になった。そして少しでも長い距離を走るといつも思うのだが、「どうしてこんなところまで来てしまったのか...」と、例に倣い今日も考えていた。堤防上では左側通行のため、次は桜並木側を走る。舗装された道を少し逸れると地面は土になる。シロツメクサや桜の木が植っている地面だ。コンクリートとシロツメクサの間に、土の轍のようなものがある。帰りはその轍を走った。左の太腿の付け根に疲労を感じ始めたこともあり、脚への負担が少ない土の上を走りたかった。きっと同じことを考える人がいるのだろう、轍はずっと続いていた。川側はコンクリートの外は急なスロープになっているため土の上を走るスペースはない。やはり土なので少し足取りは重たくなるが、柔らかい感触が嫌いではない。犬の糞と凸凹な地形に気を遣いながら走り続けた。800mほど行き、分岐も近くなってきたところで、轍は狭くなりやがて消えた。折り返してすぐは左5mほどにあった桜の木も、ここではすぐ左手に植っていて緑の葉が頭に当たるほど長く垂れ下がっていた。コンクリートの道に戻り、4km地点の分岐をまた折り返す。21分ちょうど。また少しペースが落ちた。折り返すとまた土の上に轍が現れ、その上を走った。すると、ここで左足をかなり豪快に捻ってしまった。あまりの唐突さに驚き、右足で2歩、片足で進み立ち直した。そして自分の走っていたところが轍ではなく、コンクリートの道に草が伸びてこないよう、草を刈っただけの場所であることに気づいた。誰も歩いたり走ったりしていないため、はっきり見えない地面はかなり凸凹だった。そしてかなり強い向かい風が吹いた。同時に虫の塊が襲いかかる。この3秒ほどが最もバッドコンディションだった。背中から刺す西陽から、堤防の下の大きなマンションに自分の影が映る。明らかに進む影と、あまり大きく動かない脚。往路で登ってきたスロープは降りず、上段を走り続けた。上段は下段にはない急なカーブが2つ続く。カラスが大量にいる橋のあたりだ。下段を走った往路ではカラスの下を走ったが、上段ではカラスと同じ高さの道を走る。往路より距離の近いカラスに力みながら、後ろから自転車や他のランナーがいないことを確認し、右へ、左へ、インコースで最短ルートを走った。そして上段には車道を横切るための横断歩道がある。信号がなく、橋と坂道の間にある横断歩道のため、譲ってくれる車は少ない。自分のランニングコースだからこそ、自分が運転する時は注意深く歩行者を確認し、譲るようにしている。そして案の定、この横断歩道で30秒ほど止まってしまった。この横断歩道を超えると5km地点、残り1km。ラップは27分20秒。足を捻ったのと横断歩道でかなりロスしてしまった。ラストの1kmはどれだけ距離が短くても毎回必ず走る道で、小学生の頃から走っている道。左前の空には黒く厚い雲が張り、そこから飛行機がこちら側に向かって着陸態勢に入っていた。そしてこれは小学生の頃から薄々気づいてはいるのだが、この1kmは1kmもない。おそらく850mぐらいしかない。そのため1kmの気持ちで走ると案外すぐに終わる。しかし、このラストが最も虫が多かった。手に持ったままのキャップを前に掲げるも口にまで入ってくる。2匹の虫が口に入り、大きな呼吸をしている口を一度閉じ、多めの唾液で飲み込もうとした。1匹は喉の奥へ流れていったが、もう1匹が喉の途中で動いているのがわかる。咳をするとさらに口側に出てきて気持ちが悪い。また大きく唾を飲み込みなんとか喉へ流し込んだ。あまりにも虫が多すぎて、キャップを前に掲げ真下を向いて走ると、キャップに当たる虫のポチポチと言う音と、着ていたDESCENTEの紺のシャツに衝突し地面に落ちていく虫が見えた。たまにキャップの隙間から前を確認し、2人の歩行者を抜かした。1秒でもはやくこの状況から抜け出したく、不服にもラストスパートをかなり飛ばすこととなってしまった。ゴールタイムは31分22秒。やはり距離の短さと虫からの逃走でかなりはやく走れた。堤防の上段を左手の住宅街の方へ階段を降り、数十メートルの距離の自宅まで軽くジョギングで流す。家の目の前まで着くと、体や頭に付いた小さな虫を払って家に入った。

以上、ランニング記でした。あんまり片岡義男みたいにならんかったね。さて、食パンが焼き上がりました。

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