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ALIFEの可能性に迫る | 対談書き起こし |岡瑞起×ドミニク・チェン(後編)

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前編をまだ読んでいない人は、そちらを先にどうぞ。

「共話」から紐解く「生命性」

ドミニク:「開かれた進化(Open-ended evolution)というのがひとつ、この本を貫くテーマになっていますが、もうひとつ「生命性」という言葉もキーワードになっていますよね。

岡:はい、そうですね。「生命性」という観点から、ドミニクさんが書かれた本『未来をつくる言葉:わかりあえなさをつなぐために』の中で紹介されている「共話」という概念にとても興味を持ちました。

ドミニク:コロナ禍になって、生命性が僕たちの日々の仕事のとか生活の場面からある意味遮断されるみたいなことって、全員が経験してきたことだと思うんです。

たとえば、Zoomでひたすら会議しててもなんかわかり合えない。効率的な話はいくらでもできるんだけど、生命として共感ができてるかとか、チームビルディングがうまくいかないとか、オンボーディングがうまくいかないとか。そういう叫びや、声、ご相談というのが、この2年でたくさんでありました。そこで、「共話」というものについて聞かせてくださいという企業さんからのヒアリングがめちゃくちゃ増えたんですね。

「共話」とは何かを簡単にご説明すると、「対話」と対比される概念です。対話はダイアローグで、AさんとBさんがいたときに、Aさんが喋ってる間、Bさんは黙って聞いている。そして、Aさんが喋り終えたら、Bさんが喋り始める。議論とかディベートとかはその最たるものですね。

「対話」が大事とか、その対話をできるようになりましょう、みたいに社会の中で生きてるとすごく言われている。けれど、実は「共話」というのがあるということを、言語教育学者の水谷信子先生が日本に留学しに来てる外国人学生たちが日本語を習得する様子の観察を通して発見されました。「共話」は、一言で言うと、AさんとBさんがいたときに一緒にフレーズを作る、一緒に会話を作るというコミュニケーションなんですね。

対話と共話(ドミニクさんより提供)

それを支える具体的なインスタンスってのはたくさんあって、相槌を打つとか、うなずくとか、Aさんが何か途中で言い放ち、それをBさんが拾って続けるものが「共話」にあたります。この方式は、建設的な議論のためにということには使えなくはないけれど、それよりは親密な感覚が生まれるんですね。一緒に会話を作ってるんだ、もしくは全部言わなくてもわかってくれる人がいるんだ、という心理的な安全性も生まれる。

そういう効率性に回収されない会話の効能みたいなことが、「共話」の中でたくさん発見されていて。すごく面白いなと思って、「共話」について自分の本の中でも書いたのです。本が出た直後にCOVID-19のパンデミックが始まりリモートワークするようになってからは、「共話」がZoomだとできないということをひたすら話していて。もしかしたら、そこの問題に対するアプローチとしてALIFEで語っている「生命性」ということも、一つのアプローチとして、ありうるんじゃないかななんてこともね、ちょっと岡さんの本を読みながら思ったりもしたんですよね。

「同時並行性」が相手の存在感を作り出す

岡:そうですね。実際、ドミニクさんと一緒に最近やった研究の中でも、共話的な会話をどうやってテクノロジーでサポートするかを題材にしました。ドミニクさんが開発したTypeTraceをチャットシステムとして使って、どういうときに相手の存在感(そこに相手がいる感じ)をより感じるかをオンラインのコミュニケーションから測ろうと試みた研究です。研究の結果、分かったのが「共話」にも通じる「共時性」、つまり同時並行性が相手の存在感を感じるためには重要ということでした。お互いのチャットが少し被りながら、会話が進んでいくときに、相手の存在感を最も感じるという結果になったのです。

ドミニク:TypeTraceというタイピングを全部記録してそれを再生するというインターフェースを作って、それを使ったチャットシステムを4セッティング作ったんですね。チャットを一つの会話のシステムとしてみなしたときに、その主観評価、それに参加した人がどう感じたかっていうこととか、生理指標を取りました。加えて、AさんとBさんがチャットしているときに、Aさんの発話がどれだけBさんの発話を誘発してるかを、トランスファーエントロピー(Transfer Entropy)という指標を使って、相互の相関を測ってみました。

すると、4つのチャットのうち、一番、トランスファーエントロピーが高くなったのが、お互いがタイピングしてるそばから、まだ確定してないタイピングごと全部リアルタイムで共有するというチャットシステムだったんですね。音声による会話で言ったら、2人が声を重ねて話してるような状態です。「そうそう、わかるわかる」のような感じのチャットにすると、ものすごくトランスファーエントロピーが高くなる。それは、一つの会話システムが生命性を帯びる、というような言い方も可能なのではないか、そいう議論をしていました。

普通の言葉でいうと、生き生きとするということですよね。生き生きとするための要件として、同時並行で2人が情報発信してる、ということがすごく重要ということが分かってきた。チャットの話だけじゃなくて、人が人と話すことって一体何なんだろう、ということに対してもすごく知見を得た気がします。

進化とは「他者」を取り込み「自己」を変化させること

岡:システムが「生命性」を帯びるためにもうひとつ重要な要素に、自分と他者との関係をフィックスさせずに、他者の視点を取り込んで変化させていく、ということがあります。ALIFEのアルゴリズムでも、関係性をフィックスさせないことが、集団としての進化に繋がるということがみえています。

ドミニクさんが行われている研究のひとつに「糠床」を使ったヌカボット(Nukabot)がありますが、そこでも、状況に応じて微生物の役割が変わるという事例が紹介されていて面白いなと思いました。美味しい糠床をつくるためには、最初は存在すると糠床が腐ってしまうけれども、それが復活してくれないと芳醇な味を作り出せない微生物がいる、という話です。

ドミニク:しゃべる糠床ロボットというものを作っていまして、それ自体はALIFEど真ん中じゃ全然無いのだけれども、一番最初の予備検討的なショートペーパーを、実はALIFEカンファレンスに出したら、すごい高評価してくれたレビューアーがいて、ALIFEって優しくていいコミュニティなんだろうなと改めて思いました。「こんなふうに作ってて、これを作ってると人間と微生物が仲良くなっていくでしょう」みたいな、すごいざっくりした研究の今後の意気込みを書いた2ページのショートペーパーなんだけど、それにここまで熱く反応してくれる学会っていいなって思いました(笑)。

(ALIFE参加後にACM CHIに採択されたNukabot実験のショートペーパー)

ドミニク:岡さんの本の124ページ辺りに、宿主と寄生体の共生条件について語られてる部分があります。人間というのはウイルスとかミトコンドリアとか微生物とかと共存して生きていますよね。人間だけじゃなくて大型の動物とか昆虫とか、それ単体で生きてない。同じように、進化のアルゴリズムの中にも、進化の過程で寄生体が勝手に出てくるものがあるということを紹介されているのですが、僕ここら辺全然知らなかったんで、めちゃくちゃ面白いなと思って。

そういう寄生体が、つまり、寄生体と宿主が補完し合う場合の方が、イノベーションが起きやすくなる、ということですよね。簡単にいうと。そういう僕たちの生命の挙動と合致する結果がシミュレーションの中でも確認されていく、というところが、まさにこのALIFEの真髄なのかなという風に思っています。

メタローグを通じた関係性のアップデート

ドミニク:そこから更に、自分じゃない他人を取り込むというところで、「メタローグ」というキーワードがあります。グレゴリー・ベイトソンという、文化人類学者にして、サイバネティクスの議論を深めた人です。グレゴリー・ベイトソンの本『精神の生態学』の中で、自分の娘との架空の対話ログを書いているのですよね。

一章まるごと自分の娘に突っ込まれまくっている自分。「お父さん、なんかかっこいいこと書いているけど、あんまり具体性ないよね」みたいなことを娘に語らせる。だけど、全部架空なんですよ。つまり、ベイトソンの頭の中に存在している娘の心的モデルに語らせて、それに対して応答する。ダイアログでもなく、形而上学的な会話なので「メタローグ」と彼は言っています。そのことによってインスパイアされることがたくさんあって。

たとえば、自分の亡くなった家族の声が思い出すように聞こえてくるときとか。それもある種のメタローグなんじゃないか。もしくは、出会ったばかりの人に強烈な印象を受けてその人の言葉が自分の中で反復している。あるいは、長年の友人関係があって、自分が直面しているある状況に対して、あの人だったらどう考えるだろか、どう言うだろうか、を想像することは多分誰にでもあると思うのですよね。

若い頃に読んだときには、「それはそういうもんなんだろうな」ぐらいにしか思ってなかったのだけど、改めてメタローグということを意識的にベイトソンがやってるのをみて、自分が自分の娘と架空の対話を続けるということは、その人との関係性をメタローグという道具を通して進化させていっているのだろうな、ということをすごく考えました。ある種のシミュレーションなんだけど、すごく現実的なフィードバックのあるシミュレーションだなと。その人のことをより愛おしくなるとか、その人のことをより深く理解しようとするとか。もしかしたら、ちょっとネガティブなサブエフェクトとかもあるのかもしれないですけど。

岡さんの本の中で、それに関連する箇所をちょっと読み上げさせていただきますね。

外部からのノイズが多いときは「他者」をどんどんと取り込み、複製されるべき自己をどんどん変えていった方が、複雑な進化につながるということだ。わたしたちも新しいことに挑戦するとき、多くの新しい情報に触れ、新しい人や価値観と出会う。そういうとき新たな「他者」を排除して、これまでの「自己」を守ろうとするのではなく、それらを取り込み、自己をどんどん変えていくことが、自己の進化につながるのかもしれない。

『ALIFE | 人工生命』p.124より引用

岡:ありがとうございます。ドミニクさんの本の中でも、「学習行為とは個の中だけで行われるのではなく、他者との関係性の中で発達する」や「メタローグを通して自らの認識方法を変えることで、相手との関係性をデザインすることだ」と述べられていますよね。

ALIFEで多様性や長期的視点の重要性を実証的に語る

岡:線形的に改良して良いものを作っていくというのがAI的な価値観だとすると、ALIFEは多様性を重要視します。いろいろなところを巡って、一見、全く解決に結びつかないかもしれなかったり、こんなのいらないのではないかと捨てられてしまうような解も、実はそうしたステップを経ることで、壁ににぶち当たっても上手く回避することができる。そして、結果的には目的に近づけるということをALIFEのアルゴリズムは示しているのですよね。「弱さを見せることで、他者の視点を得られやすくなる」ということをドミニクさんも本の中でおしゃっていて、とても共感しました。

ドミニク:そうなんですよね。だから、人工生命研究のAIとの一番の違いは、いろんな言い方ができると思うんだけど、より長い時間軸の中で価値とは何か、ということを考えてるということだと思うのですよね。工学的な機械学習のパラダイムというのは、下手をするといかに最短で最適解を見つけるかという、すごく従来の20世紀的なマッチョなテクノロジー感みたいなものを助長しかねない部分というのはあると思います。それに対して印象論とかで対抗するのではなくて、エビデンスやシミュレーションの結果を以って、遠回りした方がより本質的に面白い結果に繋がるってことがわかる。あるいは、時間を掛けた方が多様性が生まれやすくなる、ということを構成論的に、実証的に語るということができることが、人工生命研究のただアルゴリズムの話をしているだけじゃない、という部分ですね。

岡:おっしゃるとおり「長期的視点って大事だよね」あるいは「多様性って重要だよね」ということは、よく言われますが、その重要性をアルゴリズムでシステマティックに示せるという点が、ALIFE研究の面白さのひとつだと私も心から思います。

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以上、ドミニクさんとの対談の後編でした(一部修正・加筆しています)。

ドミニクさんとの対談を通じて、ALIFE研究の魅力に改めて気づくことができました。ドミニクさん、お時間いただき心よりありがとうございました。


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