連載企画 日曜①
こんにちは。今読んでくれているあなた、ありがとう。
思いつきで書いた文章?エッセイ?のようなものを何回かに分けて連載してみようと思います。続くかわからないけれど。
日曜の朝。いつものように昼前までふて寝をする。
せっかくの休み。ぐっすりと思う存分、朝寝坊をかませば良いのだが、いかんせん習慣というのは恐ろしい。平日と同じ時間に目覚めてしまうのだ。
もっとも家族が起きて用事をしていれば、生活音や話し声で目が覚めてしまうのだが。
それだけでなく他の住人が早朝から奏でる不協和音も相まって心地よさとはかけ離れた目覚めとなる。
一度は鳥のさえずりとともに目覚める、といったこともしてみたいものである。電車、鳩、犬の鳴き声での目覚めは経験済みである。
2度寝、3度寝がしっかり出来る人が心底羨ましい。
こんなはずじゃなかったのになぁ。
そんな思いばかりが寝ぼけたままの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
こんなはずってどんなはず?
今このときの体たらく具合を憂いている頭の片隅で、もう一人の冷静な自分が問いかける。
ワカラナイ。
わからないけれど、自分の理想とかけ離れた生活を送っていることだけは朧げに分かっている、つもりである。
サザエさんシンドローム。
ワタシは小さい頃からずっとコレに悩まされてきた。
今までの人生、日曜が好きだったことがあっただろうか。少し考えてみる。
少しだけあった。
それはワタシが小学校低学年の頃。
当時爆発的に人気があり、今も人気継続中の女性アイドルグループのバラエティー番組がワタシの地域では日曜の午前中に放送されていたのである。ワタシはソレをとても楽しみにしていて、ビデオに録画までしていた。当時からオタク気質な片鱗があったのだと我ながら感心してしまう。
ガチャガチャタイプのカードやシールのくじ引き、駄菓子屋の非公式のくじ引き。血眼になって集めた。なんてノスタルジックな思い出なのだろう。
…とまぁ感傷にひたるのはこれくらいにして、そんなにスキだった時期もあった日曜をなぜこんなにもキライになってしまったのだろう。
ひとつの理由として、学校が楽しいものではなくなったことが考えられる。
事実、中学時代はとても楽しい学生生活だったから日曜が憂鬱なものではなかったし、早く土日休みが終わればいいのにとさえ、思っていた。
小学校高学年は楽しくなかったし、高校も部活は楽しかったけれど、授業やクラスはあまり楽しいとは感じなかった。
大学は自分で時間割も組み、年次が上がれば休みにすることさえできた。なんて自由だったのだろう。
そんな天国のような日々を経験をさせておいて社会に出た途端、ガチガチに縛るなんて振り幅、飴と鞭の差が大き過ぎやしないだろうか。
大学時代、朝起きられず講義に出られない同級生をたくさん見てきたが、彼らは今、社会生活を送れているのだろうか。お金のためなら出来るのだろうか。
ソンナコトを布団の中で考える。彼らの方がよっぽど充実した人生を送っているかもしれないのに。
とまぁこんな具合に考えてきて、それなら日曜を楽しいものにすれば良いのではないかと思い始めた。
②へ続く
読んでくれてありがとう、またね。