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#81 諦めない姿が尊かった人と、それを伝えた人も尊かった話


「君の諦めない姿は、本当に凄かったよ。今日私が見たものの中で、一番すてきだった。僕から感謝を贈るよ!」

歩み寄って声をかけたのは、夫曰く『アメリカンアクセントの』年の頃は50代くらいの男性だった。

半径7mくらいに聞こえていたと思うその声。途端に一斉にどこからともなく拍手が湧き起こる。

パチパチパチパチ‥‥ (たくさんの笑顔も‥‥)

私たちもつられて拍手を贈る。

なんだ、みんなやっぱり見守ってたんだ….

夫と私はその夕方、バイク(私は夫の後ろ)に乗って隣町まで足をのばした。

安全なバイク用の上下に身を包むには、英国の夏の夕方は暑くも寒くもない絶好の気候なのだ。

ちいさなごちゃごちゃした砂浜はすぐ近くまで建物がならんでいて、パブやレストランも営業している。

私の住む町の整備されたマリーナを見慣れてきた。ボート類はそんなふうに停泊するものと思っていたが、ここはボートだらけなのにその間にビーチタオルに横たわる人がいたりと、やたらごちゃごちゃしている。

それでも屋外ということで、各々が長いコロナ渦の疲れをいやすかのように楽しんでいた。あちこちからバーベキューの煙や音楽も流れてくる。

普段は閑散とした、いかにも地元民の船の保管場所なのに、急にヨーロッパのホリデー地区さながらの変わりようにびっくりする。

家で夕飯もデザートも終えていた私たちは、桟橋のような海に突き出したところに腰を下ろして、見るともなく海を見ていた。

と、そこにはいつから頑張っていたのだろうか、年の頃は30代後半くらいのちょっとぽっちゃり目の男性が、パドルボードに乗ろうとして立ち上がれずにひっくり返る姿があった。

たったひとり、浅瀬での試みだ。

すでにパドルボードに乗っている人たちは沖のほうに出ていたので、視線は嫌がおうにもその男性一点に集まる。

いや、見てはいけない気がするのだけれど‥‥ しかも私たちの座った場所はまるでその彼のステージを見るための特等席みたいなのだ。

私はだんだんそこに居るのが申し訳なくなっていた。


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パドルボードに立って乗ればこんな感じだ。

立ち上がるのをあきらめて、こんな風に膝をついて乗るひともいる。要はどんなスタイルでもいいのだ、海上を移動できるのならば‥‥

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だが、その男性はそのどちらにも一向に成功する気配がない。

それはもう何度も何度も、『おっと、っとっと~~』とか『オワワワワ~~』とか、こっちが心の中でつぶやいてしまう。

海のなかにひっくり返っては起き上がる。失礼ながら動きはとても危なっかしい。なのに彼は根気よくやり直す。やり直す努力以上に、人が見ている恥ずかしさのほうが難しい要因になる、と普通は思う。

ちょっと感動的だったのは、その男性の彼女か奥さんと思われる、とても綺麗な女性が砂の上からニコニコしながらビデオを撮っていたことだった。

彼女も微笑んだり、笑い転げたりしながら、その男性をすごく温かく見守っていたのだ。

私が奥さんだったらそんなことできたかなぁ。「だっせ~」とか(別に思ってなくても)自虐的になることでその場をとりつくろうとか、なんとも卑屈な態度に出たかもしれない‥‥ 


こういうのをあからさまに見てはいけないと思うのか、みんな視線はそらすというか、誰も気に留めていない風を装っていた‥‥

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はずだった‥‥

だから、冒頭の中年男性の一言があった時に初めて、実はみんな気になっていたのだということがハッキリしたのだ。

その男性と連れの女性はみんなの拍手に見送られながら建物のほうへ消えていった。


なんかね、いろんなことを考えさせられたのです。

諦めないで何度も挑戦した彼は素直な人だったなあ。それは文句なしに応援できる素敵さだった。

周囲の目を気にせずにそれをサポートする彼女も芯が通っていて素敵。

でもそのことを、口にする勇気を冒頭の男性が持っていたことで、ともすれば可哀想な人になってしまったかもしれない彼の姿を『素敵だったんだ』と確認させてもらったのだと思う。

もしかしたら、なかなか本心を明かせないイギリス人の群れに、割とオープンなアメリカ人がいて、素直に口にしてくれたのかもしれない。単なる想像だけれども。

こういう一言は相手から、また周りからどう受け取られるか、誤解を恐れない勇気が要ると思う。だけど、実際にそこに居たみんなを明るい気持ちにさせてくれたのだ。

その場にいたみんなの『何度も落ちる姿を見ちゃってごめんなさい』を

『頑張る素敵な姿を見せてくれてありがとう』に替えてくれた彼の言葉のチカラに感謝した。

誰にでもできることではないけれど、この日のマジックをちょっとだけ心に留めておきたいと思った。



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コノエミズ
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