#34 "「どれでもいい」なんて言っちゃいけないと教えてもらってよかった
イギリスに来て間もないころの話だ。
あるお宅でちょっとしたホームパーティーがあった。誰のお宅だったか、その場にどんな人が居たか、全く憶えがない。それなのに、ある一場面だけは今でも思い出せる。
食事も終わり、デザートを選びに各々が席を立っている時のこと。
ひとりの男性から、目の前の私に向かって「アイスクリーム食べるかい?バニラ、チョコレート、ストロベリー。さあどれにする?」と訊かれた。
とすると、それはそのお家の主だったのだろうか‥‥
「う~~ん‥‥」「どれでもいいです~」
そう答えた私に、彼はこう言い聞かせたのだ。
「いいかい。君は自分の意思をしっかり持って、はっきり言わなければいけないんだよ。どれでもいい、という答えはありえないんだ」
なるほどなぁ、と思った。私はと言えば、どうしてもこれという特別な思いがなかったのでどれを貰ってもそれなりにありがたいはずだった。
もっと言えば、『あなたにとって一番都合のよいもので‥‥』ぐらいの気持ちで言っていたかもしれない。
『いや待てよ、一番嬉しいのは全部味見することだわ!』
そう思いついた時『なんだ、そんなことだったのか』と拍子抜けしてしまった。
ここではただ素直に自分の意思を伝えるだけでよかったのだ。
“Ok, can I have a bit of everything!?” (じゃあ、全部を少しずついただけますか!)
“Of course!” (もちろんだとも!)
3種類のアイスクリームを盛ってくださったその方の顔は満足そうだったことだけは今でも記憶にある。
もうそれが誰だったかも憶えていないと言うのに‥‥
いろんなものを少しずつ食べたいのは日本女性によくあることかもしれない。
いや私だけなのかな。少なくとも日本ではビュッフェ式でひとつひとつが小さい代わりに、選べる種類が豊富にあるとワクワクする。そんなもののないイギリスで、自分のオーダーした一種類のなにかを最初から最後まで食べる‥‥ちっとも面白くない。
イギリスではレストランやパブで、ロースト肉を客の好みに合わせて切り分けてくれるCarvery(カーバリー)というものがある。
ローストされたビーフ、ポーク、チキン、ハムのかたまりから好きなものを告げると、目の前でカットしてお皿に載せてくれる。
私はいつでも ”A bit of everything, please!” (少しずつ全部ください)とお願いする。
こんなことを言っている人を見たこともなく、もう乱用にも近いが、一度だって「ええっ!?」という顔をされたことはない。シェフは気持ちよくちゃんと全種類をちょっとずつ切って載せてくれる。
はしたないことだろうか?
日本で周りのしていないことをするのは勇気が要るが、イギリスでは個人の意思は尊重されるので、そんなことはないのだ。
大切なのは、✅それを明確にすること。
それと、✅チャーミングにお願いすることだと学んだ。
私が今では不自由をせず、自分の欲しいものを妥協することもなくイギリスで暮らせているのは、けっして私一人で学んだことではない。
あの夜の『アイスクリームの教訓』はなんと有意義だったことか。
「どれでもいい」はつまり「私には意見 (意思) がありません」と言っているのと同じだ、と悟らせてくれた人がいたから‥‥
そんなひとつひとつの誰かの親切の積み重ねのおかげで、今がある。
ありがたかったな、と思う。
それが欲張りな主張であっても、意表を突くリクエストであっても、「どれでもいいです」と言ってしまうよりは、よほど『自分の考えのある人』としてリスペクトされるのだ。
海外に行った時は覚えておこう、というだけの話ではない。
日本でも、もしかしたら人に迷惑をかけない気持ちと、自己犠牲が過ぎたなら、「どれでもいいです」は誰の得にもならないかもしれないよ、
そんな提案。
あなたは『どれでもいいような』価値のない存在じゃないからね。自分を大事にしましょうね。