#93 ちょっと視点を変えてみる『Winner Maker』という魔法のコトバ
『何でなん?何でなん?‥‥』
なぜそうなってしまうのかと、楓の頭のなかはその一点だけが堂々めぐりを続ける。
中学三年生の楓は、卓球部の顧問から、他校との対抗試合に向けてスタメン及び補欠の発表を受けてきたところだ。
部活生活最後の公式試合といえば三年間の締めくくりと言っても大げさではなかった。このために私は今まで頑張ってきたのじゃなかったか‥‥
公園のベンチで『バカヤロウ!熊ヤロウ』と心で叫びながら口にも出せない自分が腹立たしく、力任せに両手いっぱいのどんぐりをすくい上げる。そしてひとつひとつを渾身の力で投げ始めた。
「痛ててててぇぇぇ‥‥」
なんだかとぼけた声とともに男がひょいと植え込みの間から顔を上げる‥‥
次のどんぐりを握りしめて腕を振り上げていた楓とバッチリと目が合ってしまった。
どちらの方がより驚いたかという順位はつけられないほどにお互いがお互いを見つめ合いしばらく口もきけなかった。
男は悪戯の主をとっちめてやろうと思って体を起こしたが、目が合った泣きっ面の女の子が放つ悲しみに圧倒されたのだ。
楓のほうは、まさか自分が木の実を投げた先におじさんが横たわっていたという思いもしなかった事態にあっけにとられてしまっていた。
男は君野太郎と名乗った。
『君のたろうだなんてプレイボーイがふざけてるみたいな名前‥‥』楓はそう思った。
「わたし、楓といいます」
偶然とはわからないものだ。地域の役所に勤める太郎にとって未成年の女の子と気安く口をきくというのは立場上慎重であるのが普通だ。楓にとっても見ず知らずのおじさんと話すなんて普通なら頭上で警告ブザーが鳴りだすはずなのだ‥‥
だがどうしたことか、太郎はこの少女の悲哀を放っておけなかったし、楓のほうは悲しみのあまりに判断力を欠いていた。『この人はもしかしたら天から降りてきてちょっとお昼寝をしていた天使なのかもしれない』とよくわからない意味づけがなされた。
「さっき、なんでスミちゃん、なんでスミちゃん‥‥ってブツブツ言ってたの楓さんだったのかい?」
太郎に言われてギョッとしたが、スミちゃんの名前が出てしまったので、ええいままよ、と一時間前に起こったことを楓は話し始めた。
話の内容はこうだ。
『その日、部活の練習が終わる際に生徒からくまさんと呼ばれている女子卓球部顧問がみんなを集めて、大会出場の選手を発表した。
楓にとって、部のなかで練習していれば誰が自分より上手いかはよくわかっている。運動が得意でない自分が運動部に入ったことがそもそも無理があったのもわかっている。だけど楓は今回は補欠メンバーに食い込めると思っていた。先日の練習試合でも上から数えれば自分はちょうど補欠になれる順序にいたはずだ。
だがくまさんは補欠にスミちゃんを選んだ。これでとうとう楓は三年間一度も公式試合に出る可能性のないままに終わることが決定した。
いけなかったのがその後だ。顧問のくまさんは泣きそうだった楓のところに来て、「楓、すまんかったなぁ。楓ならわかってくれると思ったんや。スミコは怒らしたら怖いんや。勘弁してくれ、なっ、楓」と頭を下げたのだ。
楓を打ちのめしたのは実力で負けたのではなく、性格で決めたと言わんばかりにされた言い訳だった』
「スタメンになれん人間が補欠になってもならんでも大した違いもないって思われますよね、おかしいですよね。でも私、くまさんから理解ある奴だって言われるよりも補欠になれたほうが良かったです‥‥」
もう涙はどこから出てくるのかと思うほどにとめどもなく湧き続けた。
太郎は何度も何度も頷きながら、とりたてて口をはさむこともせず静かに楓の話を聴いてくれた。
絞ったら水がでそうなところまで楓のタオルが涙を吸いきったところで、太郎は楓のほうに向き直ってこんなことを話し出した。
「楓さん、僕はね、売れるか売れないかわからない小説を書いているんだ。ひとつの小説を書く時は自分の出せるものをすべて出し切って書いているつもりだよ。世の中には才能が溢れていてね、自分なんかが書いてていいのかな、ってめげることもよくあるよ。多くの作家たちがみんな良い作品を目指して書いているなかで、何をもって勝ったとか負けたとか言えると思う?」
「えっ?」 こんな質問をされると思わなかった楓は自分が悲しかったことよりも、この目の前の穏やかなおじさんを励ましたいような気持になっていた。
「勝ちも負けもないと思います。君野さんの小説が誰かの暗闇に灯を灯したり、誰かの心に澄んだ風を通したり、そんなことが出来たらすごいと思います。それに‥‥」
「それに、君野さんは出せるものを全部出し切るのでしょう。そこまでやれたなら充実感っていうか、爽やかじゃないですか‥‥ 私、きっと読みます!」
「それは嬉しいなぁ。どんぐりに当たったおかげで読者が一人増えそうだなんて。もうひとつ、これは僕の考えた言葉なんだけどね、君に贈るよ。
”Winner Maker” っていうんだ。誰かが勝つためには負ける人間も必要だよね。そりゃあ勝負するなら誰だって勝ちたいさ。負けようと思って勝負する奴はいない。だからと言って負けは価値のないことじゃないと思うんだ。まずは自分が挑んだという時点で自分に勝利してるんだよ。力を尽くして負けたのなら、誰かを勝たせたという役目を果たしたんだよ」
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「ウィナー‥メーカー‥‥」
何度か呟きながら日が暮れ始めた帰り道を駆けだす。
楓のなかで折れてしまった気がしていたものは、まだしなやかに息づいていたし、冷たくなっていた心もぽかぽかと温まり始めていた。
楓自身はまだ気づいていなかったけれど‥‥
羽が生えたように家路を急ぐ少女を、太郎だけが安堵して見送っていた。
敬愛するKindle作家、福島太郎さんのウイナーメーカーチャレンジという企画に参加させていただきます。
もしかするとコノエミズの過去記事をお読みくださった方ならお気づきになったかもしれません。楓に起きたことは、コノエミズに起こったことでした。なんならスミちゃんは実名だったりします(笑)
あの日のコノエミズは家で毛布にくるまって号泣しました。後にも先にもあれほどおんおん泣いたことはなかったかも‥‥と思えるほどに。
積年の、ちょっと納得できてなかった思い出でした。
太郎さんの記事を読ませていただいて、ようやく腹に落ちた気がしたのです。そしてあの日の自分を救ってやるためにこんなストーリーに仕立てました。
あの日の自分が 「Winner Maker になっただけだよ」と教えてもらえていたならどんなに救われたかな‥‥ そう思わずにいられなかったから。
太郎さん、ありがとうございました。
これは、かの日の自分を救えるコトバかもしれません。みなさんにもお勧めします。