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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#12

決行(1)

 約束通り神奈川の旅籠に集まった皆は、景気づけに酒盛りを始めていた。すると用事を済ませて戻った山尾庸三が切り出した。

「なんかこの宿の周りに、取締方のような連中がいるようなんだが」
「なんだって、公儀のものだろうか」
「われらのことが漏れたのか」

 山尾の言葉を聞いて、窓から外の様子をうかがうものや不安を口々に言うもので、先程の間での鷹揚さはかき消されていた。

「こちらから手出しをせねば、騒ぎにはなるものではないだろう。落ち着け。冷静になるんだ」
 高杉が皆の気を静めようと声を出した。
「代表して数名で外の様子をみてこよう。それで進退を改めて考える事で良いか」

 高杉と聞多、大和と長嶺で降りて外に出ると、待ち構えたかのように京から来た勅使の使者が高杉晋作との面会を求めてきた。
 ちょうどその頃朝廷から公儀に攘夷の決行を求めるため、三条実美と姉小路公知が、江戸に来ているのは知っていた。高杉は勅使に会い、来訪の趣旨の説明を受けた。この決行が、公儀の攘夷の実施に支障をきたす事などを、伝えていた。
 聞多は受けるな等怒鳴ってみたが、高杉は慎重に丁寧に受けていた。要件を同士にはかると告げて、代表格の面々はひとまず部屋に戻った。
 
 文の内容は勝手に攘夷を行うと、公儀に対して実行を求める妨げになるため自重せよということだった。
 なぜこのような文になるのかと皆で訝しがっていた。すると久坂の様子が少しおかしいことに高杉が気がついた。

「久坂いかがした」
「あ、いや、すまぬ。僕が相談をしたことで広まったのかもしれぬ」
「相談とは、誰に」
「土佐の武市に」
「武市から容堂公話がいき、御勅使に伝わったというのか」
「そうすると周りを囲んでいるのは公儀の取り締まり方か」
「ここで捕まるのは面白くないな」
 聞多が口を挟んだ。
「そうだな。ここは撤退するか」
 高杉も心を決めたようだった。
「ここは退いて、計画を練り直そう。皆もそれでいいか」
 そう言って同士に図った。特に反対する意見も出なかった。

「代々木の斎藤道場に駆け込むってのはどうだ」と長嶺が言ったのでそうしようと決まった。
「ここを速やかに出て、代々木に行くぞ。いいな」
「おう」

 何故か皆で刀を振り上げて、取り締まり方の呆れ顔を尻目に、囲みを破って走り抜けた。抜けたらすぐ刀は収めたが、走れるところまで走った。
 どれくらいまで行っただろう、歩みを緩めたところで今度は世子様の使いにぶつかった。山縣半蔵、寺内外記の両人だった。
「げっ山縣半蔵じゃ。まさか金の無心をした相手が来るとはの」
 聞多はもう顔を見るのは嫌じゃと、誰かの影に隠れる始末だった。
 
こうなってくると反抗する気も起きないので、皆で指示通り大森に行き、命が下るのを待って世子様のおられる蒲田の梅屋敷に入った。
 聞多は切迫した表情で思わず「こうなったら腹でも切って、要人共に意地でもみせるか」と言った。それを聞いた高杉は冷静に答えた。
「我らはまだ何もなしておらぬ。いたずらに死んで見せつけたところで何が変わる」
 それはそのとおりだということになり、皆でそのまま世子様の前に出た。

「ここにいる者たちをこのようなことで、なくすわけにはいかない。自分の力が不足しているはわかっておる、だからこそ皆の助けを得てやっていかねば進んでいかぬ。これからもよろしく頼む」

 世子様にそのようなことを言われてはと、聞多を始めとする面々は涙をこぼしつつ聞いた。高杉は頭を下げることなく、攘夷の決行の必要性をただ説明した。世子定広は高杉の言葉を聞いて下がっていった。

 その後は心を鎮めるためとして、酒が振る舞われた。酒を飲みにぎやかになる場の隅で、高杉は一人考え事なのか虚空を睨みつけていた。
一連の騒ぎに駆けつけていた周布も宴席にいた。その周布に聞多は呼ばれて、前に座った。

「そうじゃ、来島から伝えろと言われたことがある」
「なんでございますか」
「50両出した甲斐があった、だそうだ。おぬしあの後うまくせしめたのか」
「はい。かたじけなく思います」

 確かに証を見せると言った。だが、本当のところは何もなしていない。聞多は礼を言いつつ引っかかることだらけだと思った。

 一連の出来事の結末を確認に土佐藩から藩士が数名が来ていた。良い感じに酔いもまわり、帰ろうとして馬にまたがりつつ、これを見咎めた周布は声を荒らげた。

「容堂公が幕政に関与していながら攘夷がされないのは腰抜けだからだ」

これを聞いた土佐藩士は怒り、刀を抜いた。一触即発の事態に気がついた高杉は、周布の馬に近づき刀で尻をつついた。驚いた馬にまたがったまま周布は帰路についた。
 その後土佐からの抗議に対し、周布は謹慎の為帰国させたがその実、名を変えて江戸にて政務をこなすこととなった。というような事件もおまけで起きてしまった。


 


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