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投了のできない負け方――連載「棋士、AI、その他の話」第37回

「ごじゅうびょう、いち、にい……」
 秒読みの声が淡々と響く。発声者はいない。それはスピーカーから無機質に打ち出されている。佐藤天彦は読み続ける。1分将棋のなか、金に当てられた竜の対処を必至に考え抜いている。やがて「きゅう」の声が流れた瀬戸際で佐藤は慌てたように竜を引いた。そして、ボタンを押し忘れた。
 機械は無感情に「じゅう」と告げた。
 時間が、切れた。

 将棋は基本的にどちらかが投了する、すなわち負けを認めることで勝敗が決する。それはゲームとして明文化されているわけではないが、将棋という文化のかけがえのない側面として認められてここまで続いてきた。故に、特にプロの対局において、強制的に負けが確定する詰みの一手まで差し切ることは稀だ。負ける側は、自身の納得できるタイミングで投了を選択する。もう逆転はできないと確信したとき、客観的に見て美しいと思える局面になったとき、体調が悪くなったとき。どのようなときでも投了は自由にできる。それは敗者に許された最後の特権なのだ。
 しかし何事にも例外はある。投了すら許されずに負けが確定してしまうことが将棋にはある。そう、反則だ。「時間切れ負け」もその一種である。

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