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前例のない世界の将棋――連載「棋士、AI、その他の話」第36回

 2024年9月18日順位戦A級、佐藤天彦九段-豊島将之九段。わずか3手目にそれは起こった。先手の佐藤が2分考え、6六のマスに角を上がる。この瞬間、全ての前例がなくなった。

 角換わりなどの主流戦法に対して使う者の少ない一風変わった戦法が将棋界には数多存在し、それらはひとまとめに「奇襲戦法」「B級戦法」などと呼ばれる。しかしもちろんただ相手を驚かせることを目的にしているわけではない。どの戦法にも確かな棋理があり、ロジックがあり、実現すべき狙いがある。それが間違いなく有効だと世に認められれば、奇襲戦法と呼ばれることもなくなる。藤井システムも中座飛車も、最初は奇襲戦法だった。

 角は通常7七の地点に居るべきものである。それであれば、角交換された際に桂で取れるため、角換わりや角交換振り飛車にスムーズに移行できる。しかし佐藤の6六角では、角交換に歩で取ることになる。いずれ桂は跳ねる可能性が高いから、純粋に1手損している計算になる。それに見合ったメリットがなければならない。

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