頓死にまつわるエトセトラ――連載「棋士、AI、その他の話」第19回
頓死。
その語源は将棋にある。将棋において頓死とは「己のミスにより本来詰まない玉を詰まされてしまうこと」を意味する。具体的には①自らの指し手により自玉に詰みがある状態にしてしまうこと、②詰めろを解除しない手を指してしまうこと、となる。
①のケースの大半は逃げ間違いにより生じる。すなわち、相手から連続王手をかけられている状態において、玉を正しく逃げれば(あるいは正しく合駒をすれば)詰まないにも関わらず、対応を誤ったことにより詰みのルートに入ってしまうことを言う。この定義を厳格に適用すれば、その対応の難度に寄らず全て頓死とすべきだが、実際のところは「比較的容易な対応をうっかりミスで失敗すること」を指す場合が多い。つまり頓死という言葉そのものに「ポカをした」というニュアンスが含まれている。そのため、例えば最終盤の非常に難度の高い詰む・詰まないの状態におけるミスは頓死と呼ばれないことも多く、逆に詰まし上げた側の正確性を評価することとなる。
②のケースを理解するにはまず「詰めろ」という状態を知る必要がある。詰めろとは「仮に手番側がパスをした場合、必ず詰まされてしまう状態」を指す。使用例としては、相手玉に詰めろをかける、先手側に詰めろがかかった状態、などがある。詰めろをかけられた側は必ず、その詰めろを解除するような受けの手を指す必要がある。しかし稀に、詰めろを完全に放置して別の手を指してしまうことがある。これはつまり、自玉に詰みがある状態で相手に手番を渡したことに等しい。故に①と同様、頓死と呼ばれる。ただしやはり①と同じく、難度の高い局面における詰めろ放置は頓死と見なされないこともある。そもそも詰めろがかかっているかどうかを見極めること自体が難しいこともよくあり、またかかっていたとしてもどう解けば良いかわからない場合もある。そういった仕方のないケースと異なり、比較的容易に把握・対処できる詰めろをうっかりで放置してしまった場合を頓死とすることが多い。
最近発生した頓死がある。2023年2月6日叡王戦本戦、本田奎五段-服部慎一郎五段戦。生きの良い若手同士の一戦は、難解な中盤戦を経て服部に形勢が傾いた。服部はそのまま攻勢を緩めず、ついに勝勢を築き上げる。いよいよ追い詰められた本田はせめて一太刀と服部玉に目を向けた。持ち歩を打って、王手。取れば確実に玉は詰む。服部は5分考え、玉を右に逃がした。それが大ポカだった。すかさず本田が銀を打ち込み、直後、服部は投了した。
服部は玉の逃げ場所を間違えたのだ。右ではなく、右下に逃げていれば詰みは生じなかった。しかもそれは、プロであれば容易に判断できること。無論本田だってわかって歩を打っている。いわゆる「最後のお願い」というやつだ。もう負けが明らかな局面で、相手玉に連続王手したり、詰めろをかけたりする。万一相手がミスをすれば、勝利が転がり込んでくる。もちろんそんな万一が起こることなどほとんどないから、事実上の形作りともいえる。
だが、ほとんどないとはいえ、起こるときは起こる。
この他にも、有名な頓死は多くある。それらのうちいくつかを紹介していこう。
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