螺旋階段 1
静かな湖の奥の奥の奥深く
ぼんやりと光る
薄汚れた光の球がありました
その中には眠りの魔法をかけられた
1人の少女がひっそりと眠らされていました
ある日の事
眠りについていた少女が
長い事、悪夢にうなされ続けていると
薄汚れた光の珠が少しずつ上に上がり
水面より5メートル程下の辺りで
パリンッ
と言う音と共に光の珠は割れ
消えてしまいました
少女にかけられた眠りの魔法がとけたのです
今まで眠りの魔法で守られていた少女は
急に水の中に放り出され
呼吸も出来ずに苦しみました
もがき苦しむ少女の手に
コツンと何かがぶつかります
ぶつかった何かを掴んでみると
それは階段の手摺りでした
階段の先に何があるのか分かりません
けれどこの苦しみに耐えられなくなった少女は
一縷の望みをかけてその手摺りを頼りに
上へ上へと昇っていきました
なんとか水面からあがった
少女が辿り着いたのは
モヤがかかった薄暗い森の湖の
真ん中にある螺旋階段の上でした
薄暗い螺旋階段の周りでは
何処からともなく聞こえる
獣の鳴く声や
気味悪く吹く風の音がします
螺旋階段から少し離れた木の枝に
絡まった蛇が、こちらをジッと見ています
少女は不安と恐怖で
どうしたら良いのか分からず
声も立てずに涙をこぼしながら
暫くの間、螺旋階段の水際で
カタカタと震えながら
ぼんやりと座っていました
光の珠がない少女では
もう水の中に戻る事も出来ず
薄暗い森の中にある螺旋階段を
上に登るしか道はありません
時折吹く風が
濡れた身体を冷やし
少女を凍えさせます
少女は仕方なく階段を登る事にしました
立ち上がり震えながら
恐る恐る階段を登ります
周りから聞こえるのは
やっぱり…
今にも人を食べそうな獣達の鳴き声と
気味の悪い風の音と
時折バサバサと聞こえる
鳥の羽音…
靴を履いていない少女は
苔の生えた階段に足を取られない様
手摺りをぎっちり握りながら
一段一段慎重に登りました
どれくらい螺旋階段を登ったでしょう
何段か先に見えたのは
初めての階段の踊り場
少女はそこで一休みする事にしました
階段の踊り場には
小さな布袋と一枚の紙がありました
少女はそれを手にとってみました
紙には
【ここに辿り着きし者にこの布袋捧ぐ
この中の物が其方の助けとなるであろう】
と記されていました
少女が布袋を開けると
中には一粒の赤い実と
銀色の鍵が入っていました
空腹でどうなっても良いと
思っていた少女は
赤い実を勢いよく
パクリと口に入れました
赤い実の甘酸っぱさが
口の中に広がると同時に
空腹が満たされ
鉛の様に重かった身体が少しだけ
軽くなったのを感じました
少し元気を取り戻した少女は
また階段を登る事にしました
少女にとって
何が待ち受けているか
分からない螺旋階段
一段一段ゆっくりと
足元を見て慎重に登ります
左手には鍵を持ち
右手はしっかりと
手摺りを握りながら…
階段を数段登った先で
はたと手摺りがない事に気付き
少女は顔をあげました
すると手摺りのあるはずの所に
1つの大きな扉がありました
少女はすぐに
さっき持って来た鍵と
関係がある事に気付きました
扉の先に何があるのか分からない
広い穏やかな世界かもしれないし
奈落の底に落ちていく罠かもしれない
少女は少しだけ躊躇いながら
それでも扉を開ける事を決めました
カチャン
鍵を開く音が響きます
ドキッドキッ
と、ハートの音が
煩い程に響いていました
少女がそーっと覗いた扉の先は
大地が広がっていて
少し先には丸い草原がありました
その草原には
何人かの人達が輪になり
楽しそうに話をしています
少女は少しの間
そこを眺めていました
すると、その中の1人が少女に気付き
おいでおいでと、手招きします
少女は驚き戸惑いながらも
そろりそろりと
その人達の元に
近づいていきました
そこでは皆が
輪になって手を繋ぎ
想い想いに話をしていました
とても穏やかで温かなところです
少女は少しの間
ここにいる事にしました
少女もその輪に入り
今まで起きた事を
ポツリポツリと話をしました
怖かった事も不安だった事も…
皆の話を聞き
自分の想いを話す中で
この民の長に
自分のハートの中には
羅針盤がある事
迷った時は羅針盤を感じる事を
教えて貰いました
そこで幾日が過ぎたでしょう
少女の恐れや不安が少しずつ薄れた頃
少女は螺旋階段の事を思い出しました
ここにいれば
もうあの階段を登る必要は
ないのかもしれません
けれど少女の頭には
何度も何度も
螺旋階段が思い浮かぶのです
まるで何かに導かれるかの様に…
少女は悩みました
ハートの奥底ではこの扉を出て
螺旋階段を登る事を望んでいる
けれど彼女の思考は
ここに居た方が安全だと言います
この世界以外は危険がいっぱいだと…
少女は悩んだ末、決めたのです
ハートが望むままに
螺旋階段をまた登る事を…
少女は皆んなが楽しい話に
夢中になっている中
そっと静かにその場を後にしました
少女は扉の前で
穏やかな世界を教えてくれた
皆んなへの感謝を感じながら
フーッと…一呼吸おいて
扉を開きました
扉の向こうには
見覚えのある薄暗く
気味の悪い光景がありました
螺旋階段の外側では
変わらず鳥達の羽音や
獣の鳴き声がしています
けれどその者達が
不用意に襲ってくる事はない
その事を少女は知ったので
以前程の怖さを感じる事はありません
少女はまたゆっくりと
螺旋階段を登り始めました