【映画レビュー】『14歳の栞』:自分だけでなく誰もがみんな必死に生きてる
実在の中学校の、ひとクラスの35人全員を映し出しているドキュメンタリーである。ここ数年、毎年春になると上映されていて、ずっと観たいと思いながら見逃していた。やっと観ることができた。観てよかった!!
私が観たのは平日の晩だったが、映画館は一つも空き席がなく、満員だった。久しぶりに映画館での一体感を感じたような気がした。
35人全員密着って……
「35人全員密着」というキャッチフレーズ。
1クラス全員を取り上げた映画ということだけは知っていた。2時間で全員をとりあげるって、そんなことが可能なのだろうか、どんな映画なんだろうと気になっていた。
いやー、とにかくすごかった。観終わった後、いろんなことが頭に浮かんできて、少し混乱してしまった。あー、おおー、うーん……を頭の中で呻き続けていた。
だって、35人全員ひとりひとりのそれぞれ違った生きざまが映し出されるのだから。
1人1人の思いは重い
私たちはふだん、多くの人と一緒に暮らしている。高校までだったら、クラスや部活など、何十人もといつも同じ場所にいた。社会人になっても職場など、たいていは10人くらいの人と同じ場に長くいたりするであろう。
でも、その人たちのことをそれだけ見ているか、知っているかというと、ほとんど知らないのではないか。表に見える氷山の一角だけを見ているだけであり、あえてアピールされない限り、その人たちがどんな思いを持ち、どんなことに苦しみ悩み、喜んでいるかということには気がつかない。
あえて知ろうとするのはプライベートに踏み込んでしまうようでよくないと思うときもあるし、そもそも関心がなかったりすることもある。その人のすべてを知りたいというのは、恋をしたときくらいのものだ。
でも世界では、自分の知らないところで、自分以外のすべての人たちが、それぞれの思いを抱えながら、必死に生きている。そして、それを自分は意識していない。そのことに気がつかない。人間って寂しいものだなという気もするし、愛おしい気もする。
とにかく、この映画では、誰もが一生懸命に格闘しながら生きていることを見せてくれる。当たり前なはずなのに、そんなことも忘れている自分にふと気がつかされる。
自分は生きていくのが精一杯である。そして他の人も同じように精一杯なのである。一人一人の思いは重いのだ。
ふだんは意識しないけれど、この世の中には、そんな重いものが、人の数だけ存在しているわけだ。それを受け止めようと思うと、処理しきれず、頭も胸もぱんぱんになる。この映画を観た後は、そんな状態だった。
ドキュメンタリーが光を当てるのは
35人全員の思いが映し出されるが、強く印象に残る生徒も何人かいた。
印象に残った彼・彼女は、ふだんは目立たなかったり、脇に追いやられていたりする人たちであるように思った。
実人生では、そういう人たちは、周りの人との関わりが少なく、あまり関心を持たれず、表舞台に出てこない人たちだ。自分もどちらかというとそっち側だったので、彼・彼女らの気持ちがよくわかる。
しかし、ドキュメンタリー映画では、そういう人たちの方にこそ、惹きつけられ、関心がもたれ、輝くから不思議だ。
ふだんは思いが外に出ない、外からわからない、いやわかろうとされない人たちが、クローズアップされる。だから作られる価値がある。上映される価値がある。
自己否定と自己肯定のはざまで
私たちは一人一人違う人間なんだということが、よくわかった。そしてその一人一人の思いは本当に重いものだということを実感した。
一方で、この映画に出てくる生徒のほとんどが共通して抱いている思いもあった。
それは、 「今のままじゃいけない」「何とか変わらなくては」という自分を否定する思いである。
そしてもう一つ、「ありのままの自分でいたい」「今の自分でいいんだ」と自分を肯定する思いである。
これらは矛盾する。でも自分自身もそうだった。「このままじゃいけない」と焦りながら、「自分らしくいたい」と自分を変えることに抵抗していた。実は、いまだにそうだ。自己否定と自己肯定のはざまで逡巡し続けている。
いったいどうすればいいのだろう。これは、人間が生きていく上での、永遠のテーマなのかしれない。
奇跡の結晶
この映画ができたのは、奇跡のような気がする。 出演する生徒たち、そして作り手側、どちらにとっても一生に一度だけ体験できる出来事であったように思う。日常の中でひっそりと輝く一瞬の思い、様子、行動を、ここしかないというタイミングで見事に映像に焼き付けた貴重な記録である。
自分も一生に一度でいいから、こんな奇跡のような仕事を残せたらいいなと思った。
この作品は実在の生徒たちのリアルな記録であるため、プライバシーなどの問題もあって、DVD化や配信はされないそうです。だから劇場で観るしかありません。
毎年卒業の前の時期になると、いろいろなところで上映し続けられているようですので、ぜひ見ていただきたいなと思いました。