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ため息俳句 餃子の面構え
昨日は、隣の町の農産物直販所へ夫婦で出かけてみた。
例の「あまりん」という埼玉産いちごが、安く買えるいう直販所である。
しかし、なんとなく愚図愚図して、家を出る時間が遅れて、店に到着したのが、10時を過ぎてしまったので、もうすでに「あまりん」は売り切れていた、というより、他の品種も含めていちごのコーナーに売れ残っていたのは、「やよいひめ」というのが3パック。
販売店は、小学校の教室一部屋にも満たないスペースで、そこにほぼぎっしとお客さんが詰めかけていて、レジに数十人が並んでいた。
自分は店の外でひなたぼっこをして、待っていると、妻はレタスやブロッコリー、トマト、キャベツ、それにいちご1パックを購入してきた。
自分は調理係であるからこの販売所の野菜の品質には信頼を置いていて、新鮮でうまいのである。それに、経済担当の妻は安価なのをよしとしている。
それから、ほど近くの花苗の店を覗いて、昼時になった。
昼飯の心当たりはつけてあって、まだ一度もいったことのない町中華の店に寄ることにしていた。
そこは町中華の「町」とはちょっと違って、「深谷ネギ」ブランドでも、その中でさらに旨いのを生産していると云われる地区にあった。ドローンで俯瞰すればネギ畑のなかの中華の店であるのが一目瞭然かもしれない。
ネット情報では、この店ではチャーハンの評価が目立つので妻はそれを、自分はついつい野菜炒めライス、それに餃子を二人前、オーダーした。
チャーハンは、焼き豚の角切りがごろっと入ったしっとり系、野菜炒めはちょっとピリ辛。普通にうまかった。
注目は餃子で、どこか大昔に食べたような懐かしい味がした。なんとニンニクがぴりっと舌を刺激するほどに入った具である。このごろの餃子はふっくらと見た目よく、口にすればジューシーとかがよいとされているようだが、ここのはぺちゃっと平たく、どうも両面焼いているのではないかという見かけであった。それは言い過ぎで、焼き方は普通なのだが、なんだか全体に「お焦げ」の後やら滓のようなものが見てとれる、つまり全体的にこんがり風と・・・。でも、これはたまたまのことで、普段はそんなことはなく見た目よく焼けているのであろうと思う。
とにかく、次々と家族づれでお客さんがやってきた。みなさん地元の方だと見て取れた。人気店なのだ。ネット上で☆5つをつけるお客さんが少なくないのも理解できる。
自分がガキながら餃子をうまいものと認識したのは、たぶん十代半ばであった。餃子というのは、我が家の日常の食卓にはかつて出現しなかったものであった。ところが、ある日母の年の離れた弟が遊びにやってきて、その時の土産として登場した。その人は、自分とっては叔父さんであったが、お年玉もくれないので、ちょっと軽んじていたのだが、この餃子の件では感謝すべきだ。
そこで、我々一家は、この食物を衝撃的においしいと感極まったのである。別に浜松や宇都宮の住人ではないが、近隣のどこの店の餃子がおいしいのかと情報を収集したりして、一時、餃子は我が家の一番のごちそうの位置を占めていた。
当時、餃子は異国伝来の食物であった。父は大陸へと下級兵士として動員された経験があるので、餃子についての知識がたあったらしいが、どうやら焼き餃子というのは、初見であったといっていたような気がする。
特にどこが異国的かというと、ニンニクの味と香りである。これは、納豆と目刺しの生活からは縁遠い食材である。とにかく、当時はニンニク入りの料理というと餃子の他思い浮かばなかった。ニンニクを、英語ではガーリックなんていうことも知らなかった。
それに、記紀の神話世界に登場していたなんて、・・・事実はエキゾチックなものではなかったのだが。日本ではニンニクは、大蒜と呼ばれていたのだ。
田村泰次郎の「不良少女」(1958年刊)という短編集に「餃子時代」という小品があった。国会図書館デジタルコレクションでさくっりと目を通してみたら、満州から引き上げてきて食い詰めた男女たちが折からの餃子ブームに目をつけ、新京(旧満州国の首都)では食べ慣れていた餃子の店を開く話だが、そこは田村泰次郎であるから男女の欲と色の絡み合いもある。その小説の題名が「餃子時代」なのだ。
そんな風なことを知ると、なんだか我が国の戦後時代の歴史を象徴する食い物のようにも思われてくる。
話をもどそう。
そう、あの子供頃に食べた、餃子の面影がここの店の餃子にあるような気がなんだかしたのであった。
妻は、両面に焦げ目のついたようなぺっちゃんこの見た目に辛い点をつけていたのだが、自分としてはそのワイルドな感じが悪くないと思ったのだ。
焼き上がりがかなり油っぽいのであったが、それもエグくて面白かった。
また行ってみよう、今度は一人で。
空っ風吹きすさびネギ畑からは土埃が地吹雪のように立ち上がる、そういう土地の餃子の面構えであるように思えた。
ストーブに手指かざして餃子待つ 空茶
空っ風ごうと窓打て餃子かな
餃子食う我にいささか愛のあり
寒によしラー油酢醤油蒜匂う