ちょっと一休みしてコマーシャル・タイム。
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昨日で連載20日目。
切りの良いところでちょっと一休みして来年2月に開催するイベントのお知らせです。
【きっかけ屋☆映画・音楽・本ときどき猫も 第21回】
コマーシャルタイム!
86年前に音が体を癒すことを知っていた宮沢賢治のことを第19回に書きました。
宮沢賢治をご存知ですか?
「雨ニモマケズ」、「風の又三郎」、「銀河鉄道の夜」の作者だという以外の宮沢賢治のことを。
国民的作家と持ち上げられているわりには宮沢賢治がどんな人か知られてないようです。
ぼくが驚いた振動音響療法以外にも賢治にはビックリすることがたくさんあります。
わたくしという現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です
これは宮沢賢治の最初の詩集『春と修羅』の序文に書かれているフレーズです。
これだけでぶっ飛びます。
「わたくし」ではなく「わたくしという現象は」と書いているのは「わたくし」というのは宇宙の端末だと認識しているってことですから。
こんな先進的な考えを約90年前に人口3,000人にも満たない小さな東北の田舎町で話したところでいったい誰が理解出来たでしょう。
「風の又三郎」の冒頭のフレーズをご存知ですか?
どっどど どどうど どどうど どどう
ボサノバが生まれる50年も前に賢治はボサノバのリズムを編み出していると作曲家の中村節也氏は指摘しています。
賢治はジャズが日本に紹介される以前に既にジャズを詩に織り込んでいます。
30冊ほどの宮沢賢治の研究書や賢治の作品を読みすすめるうちに賢治はバックミンスター・フラーやルドルフ・シュタイナーなみの巨人、日本の生んだレオルド・ダ・ヴィンチじゃないだろうかと思い込むようになりました。
ちょっと長いですが大正13年4月20日賢治28歳の時に自費出版したデビュー作『心象スケッチ・春と修羅』の序文全文を読んでください。
ちなみに、「ここに書かれたものはとても詩と呼べるようなものではなく単なる私の心象スケッチのようなものです」と賢治の言葉が添えられて出版されました。
これを読んだだけで宮沢賢治の世界観のスケールの大きさに圧倒されるしかありません。
この本は全く売れず、ゾッキ本として古書店の店頭に山積みにされ雨ざらしになっていたと伝えられています。
この本の発売八ヶ月後には初の童話集『イーハトーヴ童話 注文の多い料理店』が発売されました。
初版部数1,000部。
賢治は印税がわりに100部を受け取りました。
9編の童話が収録されています。
・どんぐりと山猫
・狼森と笊森と盗森
・烏の北斗七星
・注文の多い料理店
・水仙月の四日
・山男の四月
・かしはばやしの夜
・月夜のでんしんばしら
・鹿踊りのはじまり
この本も全く売れず出版社が困り果てていたので賢治は父から300円借金して200部を買いとりました。
賢治が生前に出版したのは惨憺たる結果となったこの2冊だけです。
全く無名のうちに37歳の生涯を終えたのでした。
生涯に稼いだ原稿料はたったの五円。
自費出版で詩集を出すものの、古本屋の店頭で雨風にさらされる。
続いて出た童話集もほとんど売れず、印税代わりにもらったのは自著100部。
家出、フリーター生活を経て定職についたものの、転職を繰り返し、パラサイトシングルのまま三十七年の短い生涯を閉じる。
この文章は賢治研究者山下聖美さんの著書『宮沢賢治のちから』の冒頭の一文です。
宮沢賢治をとてもわかり易く紹介した名著です。
賢治は言葉の意味よりも響きやリズムを大切にしたので読むよりも聞いた方が面白い。
というのがぼくの考え方です。
ゆったりとした時間がとれる時にぜひ聞いてください。
40分の朗読です。
賢治のことになるとワクワクしていつまでも語ってしまうのでひとまず今日はここで終えます。
2020年2月2日(日)に「宮沢賢治変奏曲VOL.2」というイベントを都内で開催します。
演奏会や朗読会というよりもほとんどサウンド・セラピーに近いイベントです。
サウンド・セラピーを受けたことのない方はぜひお試し下さい。
言葉と響きが体に染み込む心地良さを体験して頂けます。
物語を浴びる奇跡のサウンド・セラピー
「セロ弾きのゴーシュ」をシンギング・リン®️にのせて
-宮沢賢治変奏曲VOL.2-
この続きはまた明日。
明日はジャズを教えてくれた叔父貴に恩返し・・・。
お寄り頂ければ嬉しいです。
連載第一回目はこちらです。
第1回 亀は意外と速く泳ぐ町に住むことになった件。
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