Twitterの仕様と最高裁リツイート事件判決
本稿は、比較的平易な言葉でこの事件を理解し、インターネットと著作権との関係について、より意識をもってもらおうという趣旨で執筆しますので、細心の注意を払っておりますが、特に砕けた文体の際には用語等が曖昧になるかもしれません。ご発見の際は構わずご指摘ください。
令和2年7月21日の最高裁第三小法廷で出された判決をご存知だろうか?事件の略称からだけだと一体何か分からないと思うので、まずは知らない人のために、少々表現等を端折って手短に説明する。なお、より丁寧な事件・判決の概略は後述する。
【ざっくり説明】
著作権を侵害をしたツイートをリツイートしたユーザーの個人情報の開示を求めてTwitter社に裁判を起こしたら、最高裁がそれを認めた事件である。
はっきり言ってざっくりし過ぎではある。第一、冒頭の「著作権」すら誤りで正確には「著作者人格権のうちの氏名表示権」である。
著作権やその周辺の権利は、よく「著作権」の一言でまとめられるたりするが、特に著作者人格権は混同されている。
沿革等は追うと長くなるので、詳しくは『著作権法 第5版』(岡村久道、民事法研究会、2021年)等を参照されたい。現状最新の判例であり今回扱う「リツイート事件判決」を盛り込んだ書籍はまだほとんどなく、これはやっとの思いで見つけた1冊である。2021年中にあと幾つかは出版されるのだろうか。最近著作権法の改正も相次いでるし改訂版が……(以下略)。
私もまだまだ毛が生え立ての初学者なので、指摘等は歓迎します。質問でも、私が知り又調べがつく範囲で答えます。自分の理解を深める意味もあるので。
著作権に関する知識
本稿に登場する用語のうち、最も基本的なものと特に専門的で必要と判断したもののみを一部解説する。
・著作物・・・「思想又は感情を創作的に表現した者であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法第2条1項1号)
多くの人が理解しているもので法律用語とも相違ないと思われるが念のために補足すると、人間の想像力である人が独自に創造したもののほとんどのもののこと(※1)。あなたが今まさに読んでいるこの文章も著作物である。
単なる事実を述べただけの文章や、誰が書いても似たような構成になる文は著作物にならないが、こちらの方が例外かもしれない。
・著作権・・・日常用語では著作権法の定める権利全般を指していると思われるが、法令上「著作権」は「複製権」「上映権」「公衆送信権」など、著作権法第2章第3節第3款で規定されているもののみを言う。「著作権」以外の類似の権利は「著作者人格権」「出版権」「著作隣接権」が主要なものである。この中にさらに細かく「公表権」や「氏名表示権」、「同一性保持権」などが含まれる。これらの権利はほとんどが字から内容が分かるだろう。
※1 著作権法の第2章第1節(第10~13条)には、その代表例や権利の対象外(著作物でないこととは違う)となる著作物が挙げられている。「noteの記事」などと書いていなくてもこの記事が私の著作物であるように、あくまで例なので、書かれていないものも当然含まれる。
Twitterの仕様に関する知識
事件及び本稿において、Twitterの仕様に関して通常人の認識では不十分なところについて、先に説明しておくべき部分のみ一部解説する。
・タイムライン・・・実は一番ややこしいのがこれ。通常上下に他のツイートが並んでいるもの。いくつか種類があり、「ホーム」に表示されるタイムラインの他には「リスト」、「検索」で得られるツイートなどもタイムラインの一種である。プロフィールから見られるツイート一覧もタイムラインの一種である(※2)。
・リツイート(RT)・・・他のユーザーのツイートを自己のタイムラインのうちに、内容をそのままに再投稿ないし転載すること。
・サムネイル・・・ツイートに添付された画像全体を一定のサイズに合わせた領域を切り取って、タイムラインに表示されるツイートの本文下に表示された画像のこと。プログラム的にはツイートに添付された画像とは別の画像とされ、同時に元の画像へのリンクとなっている。
この切り取りはタイムラインを取得し表示するクライアントに組み込まれているプログラムで自動的に行われ、使用するクライアントによっては切り取り位置が異なる。
・クライアント・・・あるツイートをする際に使用したアプリないしサイトのこと。そのツイートを開く(詳細画面に遷移する)と日付・時刻と並んで表示される(下の画像では青い字で表示されている)。この表示はツイートソースラベルと言われる(※3)。
Twitter社の直接運営するものとして、「Twitter for iPhone/Android」、「Twitter Web App」、「Tweetdeck」などがあり、Twitter社以外の個人や企業が運営するサードパーティ製のものもある。
※2 ホームタイムラインを軸に理解しようとするより、その要素を考えた方が理解しやすいのかもしれない。公式の定義ではないと思うが、タイムラインは「ある条件を満たした複数のツイートで構成されたリスト」であると考えられる。
例えば、ある1人のユーザーのツイートのタイムラインはプロフィールタイムライン(正式な名称ではない)と言え、複数のユーザーのタイムラインの要素ツイートを集めたタイムラインが「ホームタイムライン」や「リスト」のタイムラインである。また、特定のワードを本文に含むツイートを要素に構成されたものは「検索」のタイムラインである。
文章で書くと分かりにくいが、要するに数列である。要素が数なら数列、要素がツイートならタイムライン。
※3 https://help.twitter.com/ja/using-twitter/how-to-tweet 2021年3月18日閲覧
リツイート事件判決の概要
この節では、前述のリツイート事件について、上の知識を前提とした上で事件の概略と判決の要旨を説明する。
なお、判決文は以下の裁判所から入手できる。
最高裁判決(令和2年7月21日第三小法廷判決):https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89597
原審判決(平成30年4月25日知財高裁判決):https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87761
また、より簡潔にまとまった事件についての記事として、弁護士ドットコムの以下の記事がある。
リツイートによる写真の切り取りは「権利侵害」、最高裁「発信者開示」認める:https://www.bengo4.com/c_23/n_11502/
【事件の概要】
写真家である原告Xが自身のウェブサイト上に、自身の氏名(アルファベット表記)を表示した写真を掲載していたところ、Twitter上でその写真が無断で使用されていた。
無断で使用したとされたのは、その写真の一部を切り取ってプロフィール画像(いわゆるアイコン)に設定していたA、その写真を添付してツイートしたB、BのツイートをリツイートしたCら3人の合計5人である。
Xはこれ5人のアカウントの保有者のメールアドレスの開示を求め、Twitter社に対し裁判を起こした。
5人のうち、画像を切り取ってアイコンにしたAと、画像を添付してツイートしたBはどちらも公衆送信権等を侵害したとして、2審の開示請求を認めた判決が確定した。一方Cら3人の開示については、著作者人格権(のうち氏名表示権)はリツイートでは侵害していないとしてTwitter社が上告した。
【最高裁の判決】
Bのツイートによりプログラムによって自動で作成されたサムネイルは、画像のアルファベット部分が切り取られた画像であったとされる。
したがって、それを知りながら(※4)氏名の表記を切り取った画像をリツイートしてタイムラインに流したことは、原告の著作者人格権のうち、氏名表示権を侵害する。
※4 知っていたかどうかについては私の推定があるが、知らなかったとしてもほとんどの場合は過失であろう。ただし、後述のクライアントの話を踏まえれば無過失の可能性もある。
最高裁判決のポイント
いくつか、容易に想定される反論に対しては、最高裁から結論が出ている。
・Cらは単にリツイートをしただけで、自分で積極的に権利を侵害するような画像の改変はしていない。
→リツイートは自己のタイムラインに表示させることで、自らツイートすることと同じ。
・画像をクリックすれば切り取られた部分も見れる。
→サムネイルと改変されていない画像の全体は別のページにある別の画像であり、特段画像を開くことが当然である事情もないので、ふつうの人が切り取られた部分まで見るとは言えない。
・じゃあどうやってリツイートすれば良かったのだ。
→切り取られた部分に著作者名の表記があるので、同時に画像を開くように呼び掛けるか、引用リツイート(コメント付きリツイートのこと)で著作者名を付記すればよい。(※5)
※5 この点については、裁判官の補足意見を参照。
裁判官の反対意見
最高裁は、判決に反対する意見をもつ裁判官がいる場合に、その論旨を判決文に同時に掲載することができる。
今回の裁判では、裁判官5人のうち林影一裁判官(今年2月に定年退官)が唯一、Cらは氏名表示権等を侵害しないと主張している。林裁判官の意見は、一般のTwitterユーザーやその他のSNS等の利用者と近い感覚を持っておられ、近い意見を出している。
➀サムネイル表示による自動的な画像切り取りは、リツイートした者の意の介するところではない。
②もともとツイートしたのはCらではなくBであるため、単にリツイートしただけのCは著作者人格権の侵害に加担していない。
さらに、林裁判官はTwitterの社会的役割に鑑み、
③拡散するのが不適切でないツイートについて、添付している出処不明な画像の著作者を逐一調査するのは大変な手間であり、権利侵害を避けるためにはグレーゾーンなものは全てリツイートできなくなってしまう。
と示した。この点は私も賛同する。
本題
以上の判決を踏まえて、本判決の批評をする。基本的なところとしては、林裁判官の反対意見だけでも十分かもしれないが、いくつか、Twitterの仕様と関連して、よりユーザー側に立った視点からの批判をしようと思う。
そもそものTwitterの仕様に関するユーザーの理解
これは個々のユーザーに詳細が左右されるが、先に説明したTwitter用語の説明で、タイムラインとツイートが別だとか、サムネイルと元画像が別の画像で別のページだとか、こんなのいちいち考えてる人はいないと思う。自分も、この判決を読んでその仕様を初めて知った者である。
より専門用語では、インラインリンクとか言うらしいが、それも一般ユーザーからすればどうでもいいこと。
元画像とサムネイルを区別して考えている人はいないし、第一画像を見たいと思っている人がサムネイルだけ見て満足するわけがない。
ツイートに注目しながら、添付された画像を見ないことも通常あり得ないでしょう。ならば、ツイートを見た人は必ず画像を開くというのがTwitterにおける通常の行動ではないのだろうか。
サムネイルと元画像を分けて考えるのは形式しか見ていない杓子定規だし、画像を見るとは限らないとするのも、確かに全員が見る訳じゃない(興味ない人はツイートごと流す)が、そのツイートに向き合うなら普通見るだろう。
サムネイルだけでは通常は画像情報として不十分だし、それだけ見て著作物の核心の情報は得られないから、サムネイルの部分を著作物として見るには難しいと思える。
特殊なTwitterのサムネイル仕様
用語解説にあったように、Twitterには公式(Twitter社が運営するもの)・非公式(サードパーティ製のもの)様々なクライアントが存在する。各々のクライアントは、それぞれタイムラインの表示方法や操作性に関して独自に趣向を凝らしてユーザーを獲得している。
サードパーティ製のクライアントアプリをいくつか挙げる。(リンク及びダウンロード数は全てGoogle playストアのもの)
ついっとぺーん for Twitter(R) ― 50万ダウンロード以上https://play.google.com/store/apps/details?id=com.twitpane
Janetter for Twitter ― 50万ダウンロード以上https://play.google.com/store/apps/details?id=net.janesoft.janetter.android.free
この他にも無数のクライアントがあるが、それぞれタイムラインの表示の仕方が多様で、サムネイルの表示の仕方やサイズ、元画像から切り取る位置も異なる。
具体例をひとつ示そう。下の画像は、1枚目の画像を添付したツイートを、2枚目にある3つの別々のクライアントで表示したときのの見え方を比較するものである。
『灼熱の卓球娘7』朝野やぐら、集英社/ジャンプコミックス、2019
(表示の方法は2021年3月18日時点のもの。プログラムの変更でトリミング位置は変わる可能性がある。また、画像につき※6※7)
画像は小さいが、よく見てもらえればサムネイル位置の違いは瞭然で、Twitter for Androidは画像下の著者名に、Tweetdeckは画像中心の手前のキャラクターの顔をそれぞれフォーカスし、Biyon Lite Verは四角にトリミングし2人の顔が入るようにそれぞれトリミングされている。
サードパーティ製のクライアントだけでなく、Twitter社が運営するものの間でもトリミング位置が異なっている。ここで最高裁の判決に従うとすると、Twitter for Android以外の2つのクライアントでこのツイートを見たユーザーが1人でもいれば、権利侵害になるし、逆に全員がTwitter for Androidで閲覧すれば権利は侵害されない。
権利の侵害の有無が、そんな偶然に左右されそうな不安定な状態であり得るのか?そんなことあってはいけない。たとえ世界のほとんどがTwitter for Androidを使ってたとしても、せいぜい15人くらいが他の2つを使用していたら何らかの損害は認められそうだ。ならば、これらのクライアントを使ってるユーザーを何人か探して、証拠として提出してもらえばいい。
こんな結果になる辺り、はっきり言ってめちゃくちゃである。
この議論の進め方は決して難癖をつけるような話ではない。少なくともTweetdeckに関しては10年以上前から人気のクライアントであり、その後も一定数の利用者はいると考えられる。利用者数に関して正確な統計や発表等は見つからないが、絶対的な量として無視できないはずだ。
常に、それぞれのクライアントで多種多様なトリミングとサムネイル表示が実行されているのである。最高裁によれば、画像をツイートする側もリツイートする側も、サイズから領域から、限りなく数の多いパターンのトリミング全てで権利侵害がないことを確認しなければ、ツイートもリツイートもできない。しかもそれはTwitterを利用する者として、権利侵害を避けるためにしなければならない当然の対応なのである(※8)。
そんなことあり得るはずがないだろう?誰がこの説明を受けて納得するだろうか。
ただし、ここまでついてきた人なら当然理解しているだろうが、この節の話は、一般のユーザーにとっては相当専門的な話であるのは間違いない。
しかし、上で言った通り無視できる規模の話ではないのは確かである。理解できた人には、是非この点について頭に留めておいてもらいたい。
※6 元ツイート:https://twitter.com/917Ca/status/1372265599234052098
※7 Biyon Lite Verはサードパーティ製クライアントのひとつである。
※8 本判決の補足意見を参照。
おわりに
最後は深入りしすぎた話だったかもしれないが、そこは別に理解できなくても構わない。局所的な不適切状態なので。
それでも、この判決が一般ユーザーの感覚から離れた、プログラムの構成にのみ重点を置き、情報の流通という著作物の本質的な価値を離れた形式に囚われた判断であると私は考える。
普段から、著作権に配慮したTwitterライフを送ることは望ましいが、さすがにこのようなことにまで気を配らなけらばならないのはやりすぎである。最低限度を遥に越えた神経質すぎる要請である。
ところで、Twitter内部でも問題意識があったのか近時にはTwitter for iPhone/Android等ではサムネイルの切り取りの際に文字の含まれる領域が優先して切り取られるようにプログラムを変えたり、画像をトリミングしないでタイムラインに表示することを検討するなどしているようである(※9)。
もっとも、Twitter社が運営するTweetdeckは対応しないようだが。
その限りにおいては、クライアントごとに侵害があったりなかったりするような状態が放置されるため、根本的にこの問題が解消されることは見込めない。
だがいずれにせよ、林裁判官の反対意見のうち③のような反論は常につきまとう。SNS等の情報収集・発信の新たな形について、より理解し尊重した社会になっていくことを望むばかりである。
※9 Twitterで4K画像がアップロード可能に、タイムラインの画像が一部切り抜きにならないようにする新機能も - GIGAZINE
http://140note.hitonobetsu.com/usedapp/ 2021年3月18日閲覧