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コンマ1ミリの世界

わたしが未経験でグラフィックデザインの世界に飛び込んだのは、以前お話ししました。
最初にお世話になったデザイン会社では、まだ全員にMacは無く、版下の作業といえば手作業とMacが半々くらいで、データ入校をすることがまだ珍しい時代。

Macで作っても、それを印画紙に出力し、台紙に貼りつけ版下を作るという感じです。
社内にはトレスコと呼ばれる引き延ばし機があり、急遽必要となった文字などはMacで200%でプリントアウトしてトレスコで50%で焼きエッジのシャープさを得るという、とても原始的なやり方をしておりました。
けれどもそんな事をした経験のないわたしには、とてもそれが面白く色々なモノを焼いてみて遊んでいました。
イラストレーターのバージョンはといえば、まだ5.5、フォトショップは3.0とかそんな時代でした。

パソコンを使って絵を描く気満々で挑んでいたのですが、会社の方針としては、新人は中途採用でも関わらず、まずはカラス口や定規、コンパス、墨汁を使って、会社のロゴタイプのレタリングを延々やらされると言う、同じくして入社された人は経験者の方で、それでも2週間ほどまずはレタリングをしていました。
わたしは少しの雑用はあったものの1ヶ月半くらいずっとレタリングをしておりました。
今思えばわたしにとってそれはとても良い経験だったと思ってます。

先輩たちはそのカラス口を使って1ミリの間に10本線を引くと言う、スゴ技をお持ちの人もいまして、まさに職人の世界です。
わたしはまずカラス口を使ったことも無ければ、片方にカラス口がついたコンパスなどとても使いこなせません。
定規を使った直線とコンパスでスムーズに円弧を繋いでいく。
特にコンパスの軸足を決めるのがとても難しかったです。
墨汁ですから一発勝負。下書きは許されません。修正液もなし。
削り取るのもNGという、とても厳しいルール。
これはイラストレーターのベジェ曲線の操作と通ずるものがあり、
今後、ロゴタイプやロゴデザインなどに大いに役立つこととなります。


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またその会社のロゴタイプが今思えばなかなか曲者で、とても古いローマンタイプの大文字8文字のロゴタイプ。
古代ローマ時代の壁に彫られた様な、懐が深く繊細でシャープなとても優雅なタイプフェイスで、一見直線に見える部分や、線が交わって溜まりが太って見えない様にほんの数ミリ削がれて補正されているのです。
殆どのラインがゆるーいRで繋がっていて、コンパスのカラス口でそれを丁寧に繋いでいきます。
特に難しかったのは「S」「O」「B」。

S
他の文字より狭いにも関わらず、中身はわりと混んでいたり、外側のRと内側のRが上部と下部で入れ替わる。その間の斜めのラインは力強く、狭い字幅を感じさせる事なく他の文字とのバランスがとられている。しかし何故かどうしても傾いて見えてしまうです。

O
他の文字よりも少し大きめにしないと他の文字に比べて小さく見えてしまうのでキャップラインとベースラインから少しはみ出す事でそのバランスをとっています。
また外側のラインはほぼ真円でありながら、内側のラインは少し楕円形でしかも少し傾いている。ことによってラインの強弱がつけられて、優雅さを醸し出しています。

B
交差点がありラインとラインの繋がりの整合性がとれているか。この傾き感やラインの強弱の必然性はカリグラフィーから来ている。
二本の鉛筆を少しずらしてゴムで纏め、それで鉛筆を描いてみると少し体験できます。


そして字間のバランス。今みたいにとりあえず打ってカーニングで字間の調整は出来ません。
最初上手く行っても最後の最後にミスしてしまうと、すべては水の泡。。
全体を見ながら細部に気を使い、ゆったりとしてかつ、ふっくらそしてシャープなラインを目指すのです。
アウトラインを丁寧とっていきながら時折遠くから眺めバランスをみます。
とても優雅な時間を勤務時間にさせて頂けたんだな〜と。
今ならそう思えますが、その時のわたしは早くこれを卒業して早くみんながやっている様な仕事がしたい一心でした。

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