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急な飲み会を許せるほどの器はない

夫は、たまに急な飲み会に行く。
帰りが早いわけではないので、もう夕食を作っている〜作り終わったころに連絡がくる。「今日は飲み会になったので、ごはんはいりません」と。いやもう作ってるけどね?
私はこれが大嫌いだ。


仕事だから仕方ないのは分かる。
飲み行くのも頻度によるけど全然いい。
でも、なんで当日の夜にパッと行ってしまうんだろう。私は、子どもがいてそんなことできないのに。
食事を用意するまでに、食材を買いに行って献立考えて作って…結構な時間と労力をかけている。
私と子どもだけなら簡単なものでいいのに。足りないとあなたが言うから品数や量を増やしているのに。


夫に用意した食事は、翌日出して食べてもらう。そして私と子どもは、翌日は好きなものを食べている。
だから食事はムダになってはいない。
でもそうじゃない。私がかけた労力と時間はムダだったじゃないかと思ってしまう。いつ飲み会になるかと思うと、いつからか作る気力もわかなくなった。だって今日食べるか分かんないしって。



コロナ禍を経てだいぶ減ったが、以前はもっと飲み会が多かった。
結婚して初めての土地に来たばかりで働いてもいなかったころ、日中一人で過ごし、食事を用意して、今日は食事はいらないと言われたこと。
出産と転勤が被り、これまた初めての土地で初めての育児をしながら子どもと二人っきりで過ごし、用意した食事を簡単にキャンセルされた日々。
きっと、これまでのことが私の中にずっと積もっている。



私の時間や労力は、簡単にキャンセルされてもいい程度のものなのか…と感じずにはいられない。
子どもがいながら自分の都合でパッと動けるところも思うところがあるけれど、こっちの方がキツイ。
じゃあその時間を自分のために使いたい、と思うことはワガママなんだろうか。



でも、食事は用意しないといけない。他に誰もやる人がいないから。
だから、愚痴っても何も変わらない。
以前は怒っていたが、もう怒ることもなくなった。諦めているんだと思う。
ただ、許すことはできそうにない。
いいよいいよ〜なんて、言えない。









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