現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その17)

 続いて、権中納言《ごんちゅうなごん》は姫君のいる対屋《たいのや》を訪れた。
 室内を見渡すと几帳《きちょう》をはじめ、あらゆるものが喪中の黒染めで悲しみに満ちている。風情ある黄昏《たそがれ》時に軒《のき》近くの橘《たちばな》の花が香りを競い合う中、丁字《ちょうじ》染めの衣《ころも》の芳香と共に姫君が姿を現した。今やすっかり見慣れた相手とはいえ、その麗しさに権中納言は思わず息をのんだ。
 姫君はいつものように手すさびに文字を書いていたらしく、硯《すずり》を傍らに押しやった。扇を使って近くにあった紙をさりげなく引き寄せると、姫君はばつが悪そうに顔をそらした。髪が零《こぼ》れる様は女三宮《おんなさんのみや》に酷似し、先ほど目にした妹の尚侍《ないしのかみ》よりも格段に美しいと改めて認識した。

(続く)


 前回(第三巻 その16)から、かれこれ3年振りの更新になります。
 これまでのあらすじや、過去作へのリンクを下記にまとめましたので、まずはこちらに目を通していただけますと幸いです。

 さて、女四宮との結婚問題から目をそらしたい、マリッジブルー真っ最中の権中納言は、屋敷の別の部屋にいる姫君を訪ねました。
 姫君は先日に押し倒したばかりの女三宮と異父姉妹で、母親の皇后宮から美貌と「魔性の血」を引き継いでいますので、改めて魅了されているようです。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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